セレクション問わず道を突き進む。“アフターTRIBUS”の風景

「TRIBUS」は、エントリーしたチームを選抜するセレクションはあるがコンペティションではない。選に漏れたプランやアイデアも切り捨てるのではなく、関連する事業部ですくい上げ、あるいは社内でインキュベートし、あるいは事業化するといった活用をしている。
しかし、プログラム終了後も独自に活動を展開し、着々と成果を上げているチームもあった。しかもリコーとは縁遠いと思われるアパレルのワールド様との協業チームである。リコーサイドはデザインセンター、RICOH BUSINESS INNOVATION LOUNGE Tokyo(以下BIL Tokyo)、デジタルビジネス事業本部の混合チーム。リコーの社内文化から日本の硬直化した社会、文化を変えたいという壮大な野心と緻密なビジネスデザインを提案し、選考では「道場破り」と揶揄されたという噂もある。
そんな面々がどんな「アフターTRIBUS」を過ごしたのか。屈辱の選外通告から1年になりなんとする10月、メンバー全員に再び集まっていただいた。
株式会社ワールド
江口智貴様(UNBUILT TAKEO KIKUCHI 屋号長)
野内政史様(UNBUILT TAKEO KIKUCHI PR)
株式会社リコー
武田修一(総合デザインセンターカスタマーバリューデザイン室 イノベーションデザイングループ デザイナー)
菊地英敏(RICOH BUSINESS INNOVATION LOUNGE Tokyo ゼネラルマネージャー)
奥田龍生(総合デザインセンター カスタマーバリューデザイン室 イノベーションデザイングループ グループリーダー イノベーションディレクター)
リコージャパン株式会社
原田尚(デジタルビジネス事業本部 Signage-Contents事業推進室 副室長)
深いところで共鳴し合ったアンカー
――まったく異なった企業同士のチームですが、どんな経緯でスタートしたものだったのでしょうか。
原田「もともとワールドはリコーデジタルサイネージのお客様で、新店舗ができるといつも1、2台はサイネージを入れていただいているという関係性でした。
UNBUILTも同様に新店舗にサイネージを入れていただいたのですが、投影するコンテンツの相談をしたいとご連絡をいただいて、お店に伺ったのが最初のきっかけです。アパレルではブランドのアピールをするのが一般的ですが、何か新しいものを流したいと言うんです。しかも、お店に伺うと『なんだこの棚は!』と(笑)。普通の吊るしのスーツ販売じゃない、雑貨も売っている。デザイン的にも面白い。ワクワクするお店だなと思ったときに、パッと思いついたのがUNBUILTのビジネスに、リコーが貢献できるんじゃないか、協業できるんじゃないのか、ということでした。それも働き方改革の領域です。リコーはオフィス周りのソリューションをいろいろ持っていますが、服はありません。
しかし、服、つまり装いによって自信がついたり、インスピレーションが湧いたりすることもあるじゃないですか。それをUNBUILTとコラボして商材にできるんじゃないか? 内面的部分での働き方改革ができるんじゃないか?と思ったんです。UNBUILTの『お客様と一緒にBUILTしていく』というコンセプトにも共感して、どうでしょうか?と話したら、『まさに!』というところで感じあってスタートしたのです」
江口様「私たちUNBUILTは、ファッションブランドというよりは、働き方改革の中で、スーツじゃなくて何を着たらいいか分からないという人と一緒に、自由に楽しく働くために何を着たらいいかを考えるという、社会貢献的なニュアンスを含むものなんです。ブランドブランドしたものじゃないんですね。そこでサイネージにはニュースとか占いとか流すというご提案をいただいたときに面白いと思ったし、働き方改革についてのお話をしていたら共感していただいて、トントン拍子で話が進んで、デザインセンターの武田さん、奥田さん、BILTokyoの菊地さんをご紹介いただきました」
原田「カジュアルなファッションということもあって、雰囲気的に合いそうなデザインセンターの人間をご紹介するイメージはあったんですが、菊地さんをご紹介したのは、お客様接点の顔という感じがあったから。リコーグループ全体が変わり、ビジネスにするには、まずリコージャパンで実践することがインパクトあるのではないかと考えました。
イメージ的には『RICOH Value Presentation』(リコージャパン主催の社内実践で培った課題解決策を紹介するイベント。2020年はオンラインにて開催)で、黒装束のビジネスパーソンがズラーッと並んでいるのを変えたい、ということ。そこでリコージャパンのビジネスパーソンが生き生きと楽しく商品やサービスを説明できたら、働き方改革も説得力が出るんじゃないかなと」
菊地「BILTokyoは、一日お客様2社限定で、リコーがこれから何を目指すかというTo Beをご紹介して、お客様とともに価値創造したり、組めるところは一緒に組みましょうと提案したりという空間です。そこでUNBUILTのメンバーの皆さんからお話を伺ったら、ちょうど立ち上げた時期も一緒だし、新しい価値を生み出すという、目指しているところも同じ。唯一違ったのは、服装でしたね。
私も含めBIL Tokyoのメンバーはカチっとスーツにネクタイ、革靴という着こなしに対して、自由な感じのファッションに身を包んだUNBUILTさん。当時働き方改革で、ご来場のゲストのみなさまには仕事とプライベートの境界線が曖昧になってきた時代に突入した、と言っておきながら、自分自身は、仕事=スーツという固定観念に縛られてしまっていたんですね。
そこにオシャレ集団の面々がぞろぞろと集まってきて(笑)。そこで話しているうちに、武田さんが壁一面のホワイトボードにいろいろ書き出して、自然とワークショップのようになり、ワークとライフ、ファッションというキーワードに自然と入っていったという流れです」
TRIBUSは通過点。文化を変えるという気宇壮大な意気込み
――なぜTRIBUS(旧称Ricoh Family Group CHALLENGE、以下TRIBUS)にエントリーしようと思ったのですか。
奥田「ビジョンとゴールの設定に良いと思ったからです。TRIBUSにエントリーしたくて立ち上げたプロジェクトではありませんが、ひとまずの納期、品質の目安として使ってみようかと。また、デザインセンター的にはプロダクトデザイン、UI・UXのデザインだけでなく、ビジネスデザイン、サービスデザインにも取り組み始めていたこともあって、TRIBUSのチャレンジの仕組みを経験しておきたいという思いもありました」
武田「ワークショップのファシリテーションを務めたことで、僕が便宜的にリーダー的な役割を担うようになり、ワークショップからエントリー用の書類の作成までを担当したんですが、僕はものぐさな人間で、締め切りがないと動かない(笑)ので、TRIBUSは締め切りとして使わせてもらいました。
双方10名くらいずつ集まって実施したワークショップでは、『楽しく働く』という根本は合致していたので、協業の可能性を探るという緩やかなテーマで始まり、TRIBUSにチャレンジしようという話になりました。お金(予算)をくれるという話もあったので(笑)、活動費で10着くらいスーツ作れるし実証実験もできるんじゃないかという下心もありました(笑)」
江口様「UNBUILTとしては、ブランドコンセプトに『コ・クリエーション』があります。アパレルのコラボ、コ・クリエーションといえば、アニメキャラや音楽とのコラボ等カルチャー寄りのものが多いんです。
しかし、私たちは企業や官庁、自治体等ともたくさんやっていきたいと考えていたところで、リコーとの取り組みはその第一号案件となりました。TRIBUSは、そこを目掛けて取り組むのではなく、あくまでも通過点と認識していました」
野内様「働く人をサポートしたい、新しい働き方を創り出すところが合致していたので、まずは働くスタイルを、洋服から一緒に考えようという話になったんですよね」
菊地「BILTokyoでは働き方改革で『ワークライフハーモニー』というコンセプトを打ち出していたんですが、ワークショップなどを通じて『働く』と『暮らす』を因数分解したときに、衣食住の、『住』としての場、『食』としてのサービスはある程度うちの会社にネタはあったものの『衣』だけがなかったことに気づいたんです。
もし『衣』ができるようになれば、仕事もワークライフハーモニーも超えて、その人に寄り添うパートナーとしてリコーが、その人に幸せな時間、新しい価値を届けることができるのではないか、そう考えるようになったんです」
――具体的にどんなことをやるプランを考えたのでしょうか。
菊地「大きく言えば、新しい企業文化、社会文化を創り出したかったということです。スーツに白シャツが社会人の制服、という文化を変えたかった。
エントリー時の提案としては『楽しく働く人を増やしたい。働くと暮らすの境界線をぼかすことで働く文化のアップデートを行い、楽しく働くムードを生み出すサービスを提供する』といったものでした。その手始めに、洋服、ファッションからスタートする、という内容でした。リコージャパンの営業(担当者)に先行販売する、そのマイルストーンとして内勤者に販売するといったアイデアも盛り込んでいました」
江口様「スーツという昭和のヒエラルキーとの象徴な戦いなんです。これはワールド社内でも、リコーの社内でもそうだと思います」
原田「具体的にはいろいろな展開がありますが、例えばリコージャパンの1万8000人の社員に、UNBUILTの夏冬用2着のスーツを支給するとなったら、ものすごい働き方改革のニュースになるし、UNBUILTにとっても十分ペイできるビジネスになるといったことを考えていました。TRIBUSはどちらかというとエンジニア系の技術シーズからの提案が多かったと思いますが、我々の提案はビジネスデザインであり、リコーのブランディングであり、社会への貢献だったと思います」
武田「しかし、審査では書類選考は通ったものの、その次の面談で、採択されないほうになってしまった。ここを通るとメンタリング、コーチングを受ける道場みたいなところに進むことになったんですが、『お前ら違うよ』と」
原田「ここまでプランできてるならどうぞやってください、という感じでしたね。メンタリングも必要ないじゃないか、道場破りみたいなことしてないで、さっさとやれ、というか(笑)」
「巻き取るのは私」
――しかし、TRIBUSのセレクション終了後も活動を続けられたと伺いました。
菊地「『さっさとやれ』と放り出されたとしたら、BILTokyoのミッションが新しい文化を創ることである以上、それを巻き取るのは私だろうなとは思っていたんです。チームは一旦解散しましたが、最初からTRIBUSは通過点だと思っており、UNBUILTとの関係性は継続していこうと考えていたので。
その手始めとして取り組んだのがリコージャパンでの社内展開です。UNBUILTのお二人も協力してくださり、BILTokyoで採寸受注会を3回行い、社内でUNBUILTのスーツを作ってもらいました。社内サイネージで案内も出して、十数人くらいは作ってもらい、好評を得たのですが、プロモーション効果としては弱かった。
そこで爆発的に広めるためにリコーのラグビーチームであるブラックラムズにオファーを掛けたんです。ブラックラムズの選手は、グラウンドにいるオンの時はもちろん格好いいし、移動中などオフのときも格好いいことが求められます。ちょうどラグビーワールドカップの開催という良いタイミングでもあり、オフィシャルスーツにしませんか? とお願いしたところ、快くご了承いただきました」
江口様「採寸が大変だったんですよね(笑)。200時間くらいかかった。とにかく体格が規格外に大きくて、胴と太ももの太さが一緒という選手もいる。ほぼ完全にフルオーダーとなりましたが、おかげさまで、大きいサイズのパターンを創ることができて、良い経験になりました」
菊地「最終的なゴールは社内の文化を変えていくことですが、考え方は十人十色で、変化に対する社内のストレスは思いのほか大きいんですよね。カジュアル化という言葉だけが先行してしまうと、それだけで拒絶反応を示されたり(笑)。
TRIBUSに採択されれば、その点『お墨付き』をもらうことになっただろうな、とか、総務人事系で提案を拾ってもらったり、メンターについてもらえれば文化を変えられたのにな、と思うこともないわけではありません。しかし、この夏にはリコーの社長 山下がUNBUILTの店舗でセットアップを作ってくれて、この追い風を力にもうひと頑張りしなきゃですね」
化学反応は終わらない
――TRIBUSに参加して良かった点は。
武田「TRIBUSはコンペではない、ということは分かっていましたが、やはりセレクションがある限りは競争になりますよね。だからこそ突っ込んでいけるわけですし、競争心が芽生えることは悪いことではないと思いました。選外だったときにはグッと来るものがあるし、一方でセレクションに通ったほうは『やったぜ!』という、すごいいい笑顔になるんです。そういう悲喜こもごもがあるのは面白いし、良いことだなとも思いました」
菊地「ガッと集まり、文化が違う別の会社の方々と楽しく取り組めた経験は――一種の“遊び”ですが、他には代えがたいと思います。与えられたミッション、規律の中で仕事をするサラリーマンが、“遊び”の時間を作り、偶然がもたらすチャンスから価値創造をすることは非常に貴重な財産となります。
個人的には、UNBUILTとのプロジェクトのおかげできっちりしたスーツを着なくなりました。スーツもワイシャツも全部手放してしまって(笑)。そういう遊びの中で、自分のライフスタイルも変えることができたのは、すごくいい時間だったと思います。
選外だったときの喪失感はすごいものがありましたが、選外だったどのチームも、また日常の業務に戻ることに一抹の寂しさを覚えたと思います。そういうところを変えたのがTRIBUSだったんじゃないでしょうか」
江口様「UNBUILTは、D2C(Direct to Consumer)の事業としてリアルにデジタルをクロスさせていくという事業で、今回のようなB2Bの動きについては、社内でも賛否両論はありました。
しかし、情報発信、話題作りによって、サイトへのトラフィックを増やし、コンバージョンを上げることがKGIだとしたら、こうやって外部と協業することで話題も作れている点で、非常に効果があったと言えると思います」
野内様「アパレル系はモノ、プロダクトが中心というイメージがあるかと思いますが、UNBUILTではまったく逆で、服を使う多様なお客様が先にあり、その多様性に合わせて成長してくというコンセプトがあるのです。その意味でも、リコーのようなまったく縁のなかった企業と協業することにすごいメリットがあるわけです」
江口様「UNBUILTは一般的なファッションヒエラルキーとは逆なんです。普通のアパレルはひとつのモデルを示して『これが正しい、格好いい、これを着よう』と言う。UNBUILTは逆にお客様の『着たい』を聞いて一緒に創る。コロナ禍でそういうムーブメントが加速しているとも感じますね」
――今後、アフターTRIBUSとしてどのような展開を想定されていますか。
奥田「今回のような社外との共創活動も増えてきているのですが、領域外の他社とのコラボは、自社のアセットだけでは考えつかない、想定していない化学反応が起きるんです。今回もそれが体験できましたが、そういう機会をもっと増やしていきたいですね。UNBUILTさんとも、このまま終わりではなく、間を置かず、また新たな価値の創出にチャレンジしたいです」
原田「TRIBUSが終わって飲み会やってから、しばらく全員が揃うことがなかったのですが、やはりブラックラムズのニュースを聞いた時にはうれしかった。このインタビューを機に、もう一度ここから全員で始めたい。今度はコロナ禍から生じるニューノーマルの中で、衣食住にアプローチしたい。大きな取り組み課題じゃないでしょうかしつこく、もう一度トライしたいですね。リベンジ枠を用意してくれたらありがたいです(笑)」
菊地「2019年度のTRIBUSでは、リコーがメーカーということもあって、こういう技術を使って、こういう世の中にしたい、というプランに評価が集まったのかなという気がします。
しかし、僕らがやりたいのは、文化、雰囲気を創るということ。社会、会社に通底する問題を、文化を変革することで解決したい。リコージャパンの営業で、文化を変える衣食住というトータル提案をできるようにするという取り組みは継続していきたいし、僕らの活動が、リコーグループ全体の文化を変えた第一号認定を受けるように頑張りたいと思います」
江口様「菊地さんという人物が、昭和なヒエラルキーを壊そうとご苦労されているのを間近で見ることができて、僕らも心強かったし、面白い経験ができたと思います。ワールド社内でも新規事業で古い価値観をひっくり返そうとしているんですが、社内の人よりも、こちらのメンバーのほうが、話が合うんですよ(笑)。
そういう価値観の近い人たちとご一緒したほうが面白いものが生まれるし、成果も出ると思います。少人数で会社の文化を変えるのはものすごく困難ですが、菊地さんはトップを押さえにかかっていて、次にどう攻めるのか楽しみ。またご一緒したいですし、僕らもどう会社を崩せるのか、リコーと一緒に考えたいです」
野内様「リコーの皆さんとご一緒していると、イノベーションを起こして日本を変えるんだという壮大な話によくなりましたよね。今、コロナ禍もあって、働くことの意味、企業に所属する意味、企業の価値といったことが問われ直していると思います。その時にこういうコラボ、共創が重要な意味が出てくると思っています。
今回ご一緒して、すごく共創している実感もあったし、なんとか形にしたいと思い、ブラックラムズは実現しましたが、まだまだ世間に対して大きく投げかけるところまでは行っていません。これから、このチームで何かを変えたという事実を、社会に対して投げかけることを成し遂げたい。ほんの小さな風穴でもいいんです。それが日本を変えるきっかけになると思う。それができる6人でありたいなと改めて思いました」
武田「ひとつアウトプットを作りたいですね。文化というカタチのないものをどう売っていくか。リコーはモノを売るばかりでしたが、これからはモノじゃない、カタチのないものを売ることにも慣れていかなければいけないと思います。僕らのチームで、何か確かなものを見つけて価値があることを説明し、広めることができたら、それが大成功だと思います」
PHOTOGRAPHS BY Yuka IKENOYA (YUKAI) TEXT BY Toshiyuki TSUCHIYA