企業を超えた「スタートアップのエコシステム」への試金石

マイクロソフトコーポレーション(米国本社)が2018年からワールドワイドで展開しているスタートアップ支援プログラム「Microsoft for Startups」と、リコーの事業共創プログラムTRIBUSの連携が決定した。企業が運営するアクセラレータープログラムの連携は、これまでも例がなかった訳ではないが、名目だけではなく、かなり深く、かつ柔軟な連携のようにも思われる。その理由はどうやらお互いに企業のメリットを超えた社会価値の創出を目指していることにあるようだ。この提携を強力かつフットワークよく進めた両社のチームメンバーからお話を伺った。

■日本マイクロソフト株式会社(以下、マイクロソフト)
コーポレート営業統括本部 クラウド事業開発本部 ビジネス デベロップメントマネジャー
 金光大樹さま/戸谷仁美さま
■TRIBUS事務局
小笠原広大
森久泰二郎


土壌を広げる新しいパートナーシップの形

――Microsoft For Startups(以下、MS4SU)とはどのようなプログラムでしょうか。

戸谷「2018年より展開を開始しているスタートアッププログラムとなり、現在では140カ国で活動を行っています。通年随時募集となり、環境支援としてMicrosoft Azureをはじめとするクラウドリソースや開発者向けツールのご提供はもちろん、アーキテクチャレビューや技術セッションも実施しており、日本ではこれまでに累計数百社以上の方々とご一緒させて頂いております。また、スタートアップ企業様の事業成長に向けた、販売支援やPR支援活動も行っています」

――今回の提携の背景を教えて下さい。

金光「もともとリコーグループとは会社対会社でビジネスしております。マイクロソフトとリコーグループとでスタートアップへの取り組みを連携していきたいという思惑の中でTRIBUSのプログラムを紹介いただいたのがそもそもの始まりです。それで弊社の取り組みの説明をさせていただいたところ、目指す部分は重なるところも多いし、連携できるところも多いよねということで、話が回り始めました。

今までもMS4SUで他社と連携することはありましたが、全面的な提携を結ぶという形はこれが初めてです。例えば正式にロゴアグリーメント(お互いのロゴ使用を認めること)の契約を交わすなど、新しいパートナーシップに向けて力を入れていこうとしています」

戸谷「今回のように契約書を交わして会社対会社というのは日本初で、グローバルチームも興味津々でしたね。リコーチームの皆様からご連絡をいただいたのが今年2月頃だったのですが、日本チームとしては初めての試みとなったため、社内調整に少し手こずってしまいました。本当はゴールデンウィーク頃に発表できれば、と思いつつ、数カ月でここまで話を進めることができたのは、関係者の皆様のご支援があったからこそと思っています」

小笠原「我々としては、マイクロソフトと組むことで異なった土壌を用意したいと思っています。スタートアップや新規事業においては、『土』が合う、合わないというのがすごく大事。TRIBUSに面白いスタートアップが集まってくれても、リコーにはリコーの土壌しかないわけです。せっかくエントリーしてもらっても、リコーに合わなければそこからの広がりを提供できない。だから、リコーの土壌だけでなくマイクロソフトの土壌も提供できればチャンスが広がるでしょう。それがひいては社会に対して価値を届けることにもつながるんじゃないかと思う。

マイクロソフトのチームの側でも、リコーの土壌を使ってほしいと思うし、こういう『自分たちにはない土壌を活かし合う』ということを広めていくことが大事じゃないかと思っていて、ここからはじまるといいなと」

森久「2月の最初の打ち合わせで、お互い持ち帰らずその場で『じゃあやりましょう』ってなったんですよね。MS4SUは通年随時募集ですが、TRIBUSは5月から8月が募集期間でしょう、そこに間に合わせていただくために、ずいぶん無理をしていただいたなと、申し訳なくも本当にありがたく思っています。グローバルの大企業ですから、話を通したり調整したりも本当大変だったと思うんですけど」

社会全体でスタートアップのエコシステムを

――この提携によって期待することは何ですか。

森久「僕としては、Azureに代表される圧倒的なクラウドテクノロジーに期待しているのがひとつ。また、MS4SUにエントリーしているスタートアップが、この提携を通じてリコーを“発見”してくれたらうれしいですね。それが僕らにとっても新たな発見や気付きにもつながるだろうと期待もしています。世界140カ国で展開される巨大なプログラムなのに、戸谷さん、金光さんが軽快に動くギャップがすごいと思ったし、魅力にも感じました。

また、昨年のプログラムではハードに関するスタートアップからの応募が多かった印象がありました。マイクロソフトのプログラムではソフトが中心ですから、リコーのほうでもソフトやサービスとしての広がりが生まれることに期待しています」

金光「私たちも、リコーグループ全体のアセットに期待しています。テクノロジー部分はもちろん、セールスのチャンネルも多く、何よりも知名度が高い。日本でリコーグループを知らない人はまずいないでしょう。マイクロソフトのアクセラレータープログラムの認知度は低いし、リコーグループのお力をお借りして、日本国内にも周知したいという思いもあります。以前、日本人の5人に1人はリコーの関係者だと聞いたことがあり、それだけの組織が本気になったら、本当に日本が変わる可能性があると思っております。

もうひとつ感じたのは、TRIBUS事務局の独立性です。大きな組織では、多くのステータスホルダーがいる中でこの自由さ。社会を変えていこうとする熱量とスピード感は、なにか障害があっても、きっとポジティブに乗り越えていけるんだろうなと心強く思いました」

小笠原「具体的に何をするか等、詳細はこれから決めるという状態ですが、スタートアップ企業からの要望に合わせて、それぞれで採択させていただいたスタートアップ企業を紹介しあうというところが基本かと思います。例えばリコーのTRIBUSに参加しているスタートアップを見て、この案件はマイクロソフトにつなげたほうが広がりそうだな、マイクロソフトにとっても良さそうだなというものがあったらご紹介する。そこを入り口にして、その先は個社ごとに求めるものを検討し対応していくという流れでしょうか」

戸谷「そうですね、ないもの同士のアセットを持ち寄りましょう、というのが立ち位置かと思います。お互いのプログラムのメリット、チャレンジを開示して、お互いが補完し合う。TRIBUS、MS4SUどちらかに入っていれば、もうひとつのオファーのベネフィットも活用できる可能性があると。いい意味で2社を使い倒して頂きたいですね。

TRIBUSのサポーターズの仕組みはMS4SUにはないオファリングなので面白いと思いました。社内から有志のサポーターズが200人も集まるってすごいですよね。他のアクセラでも200人以上も社内から「スタートアップの各社に貢献したい」と有志で集まるなんて聞いたことがありませんでした。200人の専門性もバックグラウンドも異なる方から知見やサポートを得られるのは魅力だと思い、何かしら探されている解に繋がるのでは?と思いました。個人的にはこれがリコーとご一緒したいと思ったきっかけのひとつではありますね」

小笠原「お互いのリソースを提供する形から、土壌を広げていくというところが狙いかと思いますね。だからこの土壌を広げるパートナーを、マイクロソフトとリコーの2社だけじゃなくて、もっと広げてスタートアップのエコシステムを作りましょう、そのためのファーストケースとして今回があり、この先、セカンド、サードといろんなパートナーが現れてくれればいい。チャレンジングなところはありますが、楽しみながら、ワクワクしながら取り組めたらと思います」

戸谷「分かります。私たちもまずやってみる。できる事からやる、という姿勢で活動しています。私たち1社では大きなものを動かせない場合もあります。今回のリコーとのタッグのように、今後も多くの企業と一緒にもっと大きなものを動かせるようになりたいですね」

金光「スタートアップの土壌が広がって、チャレンジすることが当たり前になり且つ失敗を受け入れられる文化が築ければいいですね。失敗の後、次にどうするか、挑戦していくことを受け入れる文化があれば、日本はもっと変わっていくと思いますね。この提携がその第一歩になればと思います」

エントリーするチームも一緒に作り上げる

――エントリーするスタートアップ、社内チームにはどう提示していくのでしょうか。

小笠原「まずはTRIBUSに参加頂いているスタートアップやチームに説明会をしていただけるとうれしいなと思っていますが、いかがでしょうか。今この場で初めて話しているんですが」

戸谷「やりますやります!(笑)。こういう連携は、面白そうと思った施策を一つずつサクッと試しにやってみるスタイルがいいですよね。私たちも、MS4SUファミリー向けに今回のパートナーシップをご共有させて頂き、是非リコーからの説明会もお願いしたいです!」

小笠原「ぜひ。相互に説明会、お願いします。加えて、エントリーしたチームには要望書を書いていただき、それをベースに進めていくことになりますから、マイクロソフトに期待したいこと、お願いしたいことがあれば合わせて自由に書いてほしいと思っています。この提携は、走りながら考える、やりながら決めていくというものですので、その意味ではエントリーする皆さんと作り上げていくものでもあると思います」

戸谷「フィードバックはいつでも大歓迎ですね!できる・できないはひとまず置いといて、是非教えて頂きたいですね。GitHub買収の話が出た後、MS4SUにGitHubを加えて欲しいというフィードバックをグローバルで多く頂き、今年新たに追加されるなど、プログラムも少しずつアップデートされているので。プログラムもそうですが、リコーとのタッグもフィードバックベースで一緒に「よりよい形」に育てていきたいと思っています」

――今後オープンイノベーションを推進するうえで挑戦していきたいこと、変えていきたいことがあればお聞かせください。

戸谷「私は、『インクルーシブネス(Inclusiveness)』ですかね?「スタートアップ」と聞いて思い浮かべるイメージは人様々だと思いますが、例えば年齢やバックグラウンドなどの要素を除いて、チャレンジしてみたいと思う人がチャレンジできるような環境作りができたらと思っています。人って固定概念や先入観で自ずと自分の「セーフゾーン」を作ってチャレンジしなくなったり、可能性を狭めてしまっている場合もあるのでは、とふと考える事があります。MS4SUはグローバルでも多様性を大切にしているので、プログラムを通じてチャレンジされたい方々の後押しができればと思っています」

金光「僕は、すごくいい技術を持つ企業、スタートアップにもっとスポットライトが当たるようにしたいです。研究開発や特異な技術は持っているが世に出ないスタートアップはすごく多い。そのためには、MS4SUでもTRIBUSでも、エントリーしてくるスタートアップの皆さんに対して、真摯に向き合って、経営者のバックグラウンド、ビジョンといったディテールまでしっかりと理解していくことから始めたい。それがひいては、スタートアップの皆さんの活躍の場を広げ、スポットライトを当てることにつながると思います」

森久「僕はいろいろな違いを乗り越えて連携する文化を作っていけたらと思います。TRIBUSは社外からのエントリーだけでなく、社内起業家の育成プログラムもあり、参加した社外のスタートアップ、社内の起業家チームが交流連携すれば新しい価値を生むことができるでしょう。昨年の採択チームのコミュニティチームも継続してありますから、今年採択されるチームとも連携していくことができればもっと広がりますよね。こういう多くの人、企業が参加する輪が広がっていき、つながるバリエーションが増えていったら面白いと思います」

小笠原「私は、イノベーションに必要なのはダイバーシティと新結合だと思っているので、ハードルを下げてさまざまな関わり方を作ることが大事だと思っています。TRIBUSもいろいろな関わり方があって、濃淡もさまざまです。それでいいんですよ。リーダー、つなぎ役、支援する人、いろんな参加の仕方があって、楽しくやればいいんだよーということが広がるといいなと。そこがベースラインです。

短期的なKPIを求めてしまうと、どこかねじ曲がってやりたいことと違ってきてしまうし、楽しくなくなる。参加する人、スタートアップ、企業はそれぞれ考え方が違って当たり前。各々がいろいろな関わり方ができれば、パートナーシップも広がっていくのではないでしょうか。ゼロイチは不確実性が高い領域ですから、自由に参加し発言できる環境にしていきたいですね」

――エントリーする皆さんにひとことお願いします。

金光「プログラムにも明記していますが、世の中を変える意欲をお持ちのスタートアップの皆さんをお待ちしています。特にマイクロソフトはテクノロジーの企業ですから、Tech Drivenな企業だと相性が良いかなと思います。また、リコーのアセットと掛け合わせて、最大限利用していただけるようにしたいと思います」

戸谷「Tech Drivenはすごく相性が良いので、ぜひ気軽にご連絡ください。あとは、MS4SUプログラムは1年もしくは2年になるのですが、プログラムはあくまで出発地点で、プログラム終了後もマイクロソフトと一緒に何かをやっていきたい!と思っていただける方も是非!折角のご縁が1年、2年で終わってしまうのは勿体ないですしね」

森久「リコーはワークプレイス、イメージング領域のイメージがどうしても強いんですけど、それにとらわれず広く社会課題を扱う提案をお待ちしています。要項にいろいろなアセットは書いていますが、そこに留まらず支援していくつもりです。よろしくお願いします」

小笠原「TRIBUSは4、5ヶ月に渡るプログラムですが、さらに中長期で関わってほしいとも思っています。とはいえ、とにかく『面白そうだな』という柔らかいところから始めたい。走りながら、お互い知り合って、ご一緒できそうなら協業すればいい。何もかもガチガチに決めていたら、なにか少しずれただけで寄り添えなくなってしまうし、それは嫌なんです。広さも深さも大きくして、長くお付き合いできる環境を作りたいと思います。今回マイクロソフトとご一緒するのもそれが目的です。皆さんのエントリー、お待ちしています」

TEXT BY Toshiyuki TSUCHIYA




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