情熱と冷静の間で当事者よりも夢中になってしまう? スタートアップ企業とリコーグループ内部をつなぐ触媒=カタリストの魅力とは。

リコーアクセラレータープログラムは、社外のスタートアップ企業からのエントリーも受け付けており、社内外214件の応募の中から、現在は13チームが選抜され、2月の成果発表会に向けてメンタリングを受けながら事業検証真っ最中。スタートアップ企業にとっては、リコーグループのリソースを活用してビジネスを加速することができるというメリットがあるが、その際に鍵となるのが、スタートアップ企業とリコーグループ内部をつなぐ役目の「カタリスト」だ。カタリストとは、本来「触媒」を意味する言葉で、このプログラムでは、まさに外部と内部をつなぐ触媒としての役割を果たしている。通常業務ではなかなかないシチュエーションでスタートアップ企業と関わるという体験は、想像以上に刺激と楽しさに溢れているようだ。今回のインタビューでは、たった8人しかいないというカタリストの中から、オフィスプリンティング事業本部の井股風大さん、総合営業推進部の木村健さんのお二人に、カタリストの役目について、また、その面白さについて聞いた。

個人的な動機から始まった触媒の役目

――聞き慣れない「カタリスト」という役目ですが、そもそもなぜ、これにチャレンジしようと思ったのでしょうか。

木村「きっかけを一言で言ってしまえば『私利私欲』ということになるかと思います。定年を間近に控えて、セカンドキャリアでビジネスプロデューサーを目指しているところで、カタリストで学んだことが活かせるかなと思いました。あともうひとつは、我々の世代の人たちに、メッセージを送りたい、“決起”を促したい、という思いもありました。定年まであと3年という年齢だって、まだまだ新しいことに挑戦できるぞ、ということを、実際にやることで示したいなと」

井股「私の場合は『原点回帰』ということになるかと思います。入社して7年、リコーの主力製品であるプリンターのモジュールの設計に携わっていますが、入社したときは、新規事業開発を希望していたんです。このプログラムを知ったとき、最初はエントリーしようと思ったんですが、実は知ったのが遅くて準備期間が足りず、今回は採択されなかった(笑)。そうしたら、『カタリストというのがあるよ』と教えていただいて、なるほど、だったらスタートアップのみなさんに伴走すれば、リアルな新規事業開発を実地で経験できるじゃないか、この経験は自分で新規事業開発をやる際にきっと役立つはずだと思いました」

――「カタリスト」として、今どのようなお仕事をやっていらっしゃいますか。

井股「カタリストとしての仕事は始まったばかりで、まだまだこれからというところですが、外と内をつなぐ役目だと思っていて、今のところは支援先のスタートアップ企業のみなさんの飲み会に参加したり(笑)、要望をお聞きするのが第一歩。どんな人材がほしいのか、どんな支援が必要なのか、先方の要望をきちんと聞き出す。そして、それにマッチした人材や部署を社内から探し出して、ミーティングをセッティングしています。ちょうど4件設定したところで、これから本格的に、社内でどんな協力ができるのか、議論を重ね、計画していきたいと思っています。

役目としては、基本的にメンバーのみなさんの進めたい方向に持っていくことが一番の目標。おかしな方向にブレそうなら口は出しますが、それ以外は『お手伝い』というポジションだと思っています。 社内リソースを探すのは、主に登録サポーターから。数名ピックアップしています。後は事務局の方々にご助力いただきながら、社内のツテを頼っています。スタートアップのみなさんはとにかく動きが速いので、それに合わせてできるだけ速く対応しようと思っています。

技術系で探すのは比較的分かりやすいんですよ。例えばAIの技術が必要とか、要望も分かりやすいですから。壁打ちが必要なときも、相応の部署を探すのは難しくはない。でも経営や営業系、総務畑のことなんかは、技術職の僕では、ちょっと難しい。そういう領域は、木村さんに相談することもあります」

木村「私は、2社担当しているんですが、まずはどんな環境でお仕事してらっしゃるのか、自分の目で見ないことには始まらないと思いまして、オフィスにお邪魔して、どんな風に仕事を進めているのかを拝見している最中です。オフィスに行くとすごくカジュアルで、定年まであと3年の“おっさん”がスーツ姿で行くと『何あの人?』とぎょっとされるんですが(笑)、そういうことも楽しんでやっていますね。

私は今年の3月まで大手企業をクライアントに持つ営業畑で、現在は、開発部門が作ったものを持っていって一緒に新しい共創テーマを探したり、ベンチマーク先を探したりするような仕事をしていますので、内・外の違いはありますが、基本的にやっている仕事は一緒。この経験を活かして、彼らのビジネスを、彼らの進めたい方向に進めるのが私の役目だと思います。ただ、『引っ張る』のじゃないですね。どっちかといえば『押す』役目でしょうか。

井股さんが言うように、カタリストの中では珍しく営業系の人間なので、他のカタリストの方から、そちら系の相談を受けることもあります。ただ、個人的には総務や経営系のことに触るのはちょっと怖いなと思うところもあります。カタリストとして関わるのは、一応2月の成果発表までとなっていますから、中途半端に手を出してすぐ抜けちゃうようではかえって迷惑を掛けてしまうかなと。その辺は判断が難しいところです」

井股「成果発表、2月ですもんね。短いですよね」

「動機」「やる気」を最大化するお手伝い

――カタリストとして気をつけていることや工夫していることなどはどんなことでしょうか。

木村「彼らの意志、思いを優先することです。彼らがビジネスをどうしたいのか。それが彼らの原動力になっているので、そこに重点を置かなければ続かないと思います。彼らの思いは、ビジネスで『儲けたい』『商品を売りたい』じゃないんですよね。今サポートしているスタートアップのひとつは、『ある特殊な技術を持った専門家を増やしたい』ことを目標にしています。そういう大きな社会的な目標には私も大賛成。彼らにとって、サービスや商品を売るのはそのための手段に過ぎませんから、うまく売れなかったら、別の手を考えていけばいい。

ただ、一方で、社会的な大義を目指しているということに、縛られてもいけないと思います。そこにフォーカスして考えすぎると、選択肢が狭くなってしまう。まず一緒にいろいろな方向から考えるところから始めようと思っています。 こう言ってしまうと、スマートじゃない、今どきじゃない感じもするかもしれませんが、我々が関わった後も彼らのビジネスは続く。我々が関わったことで、将来の可能性を狭めるようなことだけはしちゃいけないなと思っています」

井股「彼らの思いを大事にするというのはまったく賛成です。悪くいえば、私たちにとっては、彼らのビジネスは、突き詰めてしまえばやはり『他人事』。彼らのビジネスが頓挫したとしてもあまり影響はないかもしれない。でも、彼らにとっては人生をかけて取り組んでいることじゃないですか。それに変な形で容喙(ようかい)するのは良くない。彼らがやりたいことをやれるようにしなければ、関係性も成り立たないでしょう。

だから彼らがやりたいことを最優先にして、ああしろこうしろと押し付けるようなことはしないようにしています。実はこれは社内の人材育成に通じるものがあるなと思います。『お前はこういうふうに成長しろ』と頭ごなしに言ったって、人はそんなふうに成長するものじゃないじゃないですか。ちゃんと本人がやりたいことを一緒に探して、それに沿う形で一緒に成長していくようにしなければ人材の育成なんてできない。社内でそういう人材育成の経験をしてきたことは、カタリストでも活きてるなと思います」

――カタリストの仕事で、何か気づきや発見はありましたでしょうか。

井股「ちょっと違うかもしれませんが、思ったよりもホワイトなんだなと(笑)。スタートアップやベンチャーは、私生活も全部献上して休みなしという勝手なイメージを持っていたんですが、残業はなし、土日もしっかり休みで、いやいや、うちより全然ホワイトじゃないかと(笑)。担当している企業は外国人の社員が多いんですが、そういう意識のようですね。代表の方に伺うと、ホワイトじゃないとついてこないらしいです」

木村「でも、夜メールするとすぐ返事来るよね。その辺りは柔軟というか、速度が速いというか。アポひとつとっても、我々だとつい『来週いつ空いてます?』と聞いちゃうけど、『明日すぐ空けますよ』と。反応がすごく速い。弊社だと偉い人のスケジュールを押さえようと思ったら2、3週間は先になっちゃうけど、そういうことがない」

井股「そうですね。社内は会議会議で予定を入れてもらうのも難しい。同じ時間に2つ以上会議予定が入ったりするし、外出するのにも毎回申請が必要だったりしますしね」

木村「社内の人とミーティングを設定しようとするとそう言われること多いね。時間とれます?って聞くと『会議で空いてない』って。スタートアップの彼らにしてみれば、人数少ないし、会議で決める必要はないということかもしれないけど、メンバー全員で意識を共有しているから、対応できる人間が対応すればいいし、『社に持ち帰って検討して、折返しお返事差し上げます』なんてこともないのは、ストレスがなくていいよね」

スタートアップ企業のための活動がリコーにも役立つ?

――リコーに持ち帰って役立てることもできそうですね。

井股「はい、スタートアップの内情とかスピード感は、知識で知ってはいても、実際に目の当たりにすると、本当に勉強になりますね。うちのような企業になると、何かをやるときに承認段階が多すぎてなかなか先に進まない。もちろん、組織の管理上必要なことなのは確かなんですが、スタートアップの様子を見ていると、改善の余地があるなということも分かるんです。例えば業務をプロジェクト型にするとか、給与体系をメンバーのモチベーションがあがる内容にするとか、そういう対応で仕事のスピードを速くすることができる。そういう知識や意識を社内で共有できたらいいなと思いますね」

木村「私の場合は、ちょっと違うかもしれないけど、私のようなおじさんが、若い人たちと仕事ができるのがすごく楽しい、ということを伝えたいなあ。この年齢になると周りはおっさんばかりじゃないですか(笑)。でも若者が一生懸命やっているのを見るのが楽しくて仕方がない。弊社に戻って、身近な人に、どれだけ楽しいかを話すという、文字通り『語リスト』になって広めています。

これは、カタリストに参加した動機にもつながるんですが、このプログラムを通して、同世代の人には、まだまだできるんだと決起してほしいと思ってるし、若者にはチャレンジや新規事業提案ができるようになってほしいと思ってます。そして、偉い人たちには、気付いてほしいなと思う。井股さんのような若い素晴らしい人たちが、外部のスタートアップを見て、すごいな、面白いなと思ったら、もしかしたら転職しちゃうかもしれないじゃないですか。そういう危機感を持ってくれなきゃいけないなと思うわけです。

その意味で、最初は私利私欲とは言いましたけど、カタリストに取り組んでいるうちに、次第に私の意識も変わってきています。わたしたちはカタリストの第1期生ですけど、これが続くなら、社内にそういうことを伝えることができるようにしないといけないという義務感を感じています」

井股「あと、スタートアップの代表って『人たらし』なんですよ。やる気を引き出すのがうまい。それも日頃のコミュニケーションから感じ取って、引っ張り出していると思うんですよね。あの魅力というか能力は身につけたいなって思います」

木村「基本的にみんなたくましいよね。ああいうところも見習わないと」

井股「そうなんです。叩かれてもシュンとしたりしないし、壁打ちが必要なときに、彼らはちゃんとボールをぶつけてくるじゃないですか。なんか僕らは、何かやりたいときは“お伺いする”というか、壁打ちどころか『ボールください』みたいな感じになっちゃってる(苦笑)」

木村「そういうのが、日本経済の元気のなさを表している気がしますね。日本はバブル崩壊後に、リスクに対して過剰反応するようになってしまった。石橋を叩きすぎて結局渡らない。本来ビジネスというのは、向こうに渡ることが目的であったはずじゃないですか。それが今は石橋をチェックするのが目的になっちゃったみたい。スタートアップの人たちは、とにかく向こうに渡りたい。だから橋を渡らずに泳いでいってもいいと思ってる。そういうところがすごいなと思う。

昔の日本企業もきっとそうだったと思うんです。弊社も20年以上前は、冒険する会社とは言えないまでも、何かにチャレンジしようという気概はあった。もしかしたら、かつて日本企業が持っていたような勢いやがむしゃらさを、スタートアップのみなさんの中に見出して、懐かしさを感じているもかもしれないな。それを一緒に共有していきたいという気持ちもあると思います」

カタリストは、自分のためにやるもの

――このアクセラレータープログラムは、今後もさらに回数を重ねていくことになりますが、カタリストをやってみたいという人に、メッセージをお願いします。

木村「カタリストのみなさんとは、まだそれほど交流はありませんが、井股さんをはじめ、すごく頼もしい、頼りになるメンバーが揃っています。しかも会社と違う世界で何かをやろうとしている人たちだから、なんともいえないつながりがありますし。年齢もバラバラだし、いろんな人がいて面白いですよ」

井股「8人しかいませんからね。レアキャラです」

木村「役員よりも少ない(笑)。貴重だ」

井股「私は、カタリストはやるべきだと思いますね。やれるかどうか悩んでいるなら、やりながら考えたほうがいい。それくらい価値があると思います」

木村「もし、カタリストとしてやれるかどうか不安に感じているのでしたら、これだけは言えます。まちがいなく、みなさんのお持ちの経験は役に立ちます。だから自信を持って応募してください。同世代の人には決起するチャンスですし、若者にとっては、新しいことにチャレンジするチャンスになるはず。

それに、うちの技術系、モノづくり系の社員は外との接点が少ないのがいかにももったいない。外に出て、スタートアップのような頼もしい人たちがいることを知ると、弊社のこともいろいろ分かってくるでしょう。サポーターも面白い人がいっぱいいる。そういうことも分かるようになるし、本当にいいプログラムだと思います」

井股「スタートアップの人たちと仕事をすると得るものはいっぱいある。中に入って感じるリアルさは、本で読む知識とは全然違います。それに単純に楽しい、ということもあります(笑)」

木村「楽しいですよね。これまで仕事で新しい事業や大きなプロジェクトを立ち上げてきたことがありましたが、何かをビジネスで成し遂げるのは、なんというか中毒性があるんですよ。あの興奮は何ものにも代えがたい。スタートアップのみなさんと一緒に仕事をするのは、その感覚に近い。夜寝る前に、明日あれをしよう、これをしようと考えて翌日実行する。こんなに楽しいことはないですよ」

井股「分かりますね。やりたくない仕事のことを考えなきゃいけないのはすごく苦しい。でもカタリストの仕事なら、寝る前に考えていてもすごく楽しい」

木村「やりたくない仕事で悩むのは人生の浪費です。スタートアップのみなさんと仕事をしていると、もちろん課題もいろいろある。不安もいっぱいあります。でも、その先々のワクワク感がたまらない。そういう経験をしたい人は、ぜひ参加してほしいと思います」

PHOTOGRAPHS BY Yuka IKENOYA (YUKAI)

TEXT BY Toshiyuki TSUCHIYA




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