【Challenger’s Interview】事業化までもう一歩。「サトラス」とチームの現在地

TRIBUS2021で採択され、2024年3月に有償版をリリースした「サトラス」。TRIBUSへのエントリーのころから外部企業をメンバーに加えるなどユニークな動きを見せてきたことでも知られている。今もっともカッティングエッジな生成AIやLLMを利用するオンライン商談のサポートツールで、その内容も非常にユニークだ。主要メンバーのインタビューで見えてきたのは、チームメイキングの重要さと、いかに最先端の技術を使おうとも見失ってはいけないのは「人」であるということ。事業化に邁進する3名のトークは熱意と多様な話題に満ちていた。
鴻上和彦(こうがみ・かずひこ)
リコーITソリューションズ入社。同鹿児島事業所で、映像や音声のソリューションの開発、プロジェクトマネジャーなどに従事。TRIBUS2021にソロでエントリーした後、チームメンバーを次々に引き込みInvestor’s Dayで採択される。チームリーダーで、現在はTRIBUS推進室所属。
内田傑之(うちだ・まさゆき)
リコー入社。テニスプレイヤーとしてリコー テニス部で活躍、現役引退後はアドバイザーも務める。同じくTRIBUS2021では、アマチュアのスポーツ大会をサポートするツール「TempMachi」で統合ピッチを通過。惜しくもInvestor’s Dayでは採択されなかったものの、社外で起業、CEOを務め事業化に取り組んでいる。現在はTRIBUS推進室所属。
浅川智哉(あさかわ・ともや)
リコーITソリューションズ入社。エンジニアとして勤務する傍ら、社内有志でデザイン・シンキングを学ぶチームを立ち上げるなど、デザイン関連の活動にも取り組んでいる。サトラスチームには書類選考後に参画。デザインスプリントなどを活用した開発支援、事業化フェーズでは営業支援も行う。現在TRIBUS推進室所属。
――まずは「サトラス」について教えてください。
鴻上 一言で言えば、オンライン商談における顧客の反応を分析し、レポートするツールです。LLM(大規模言語モデル)、生成AIの技術を使って音声から分析しつつ、同時にお客様の声を“消さない”という、ちょっと難しいことをしています。
お客様の声を消さないというのは、定式化された受け答え以外のイレギュラーな言葉、意見といったものを取りこぼさないということです。同時に、企業によっては毎月700~1000件にも及ぶオンライン商談における傾向や問題を、顧客にわかりやすく提示する。その2つのことを同時にしているということになります。

想定している顧客は、SaaSのようなデジタルサービスを提供している企業。オンライン商談が多く、サービス改善のためのフィードバックを常に必要としているためです。今、トライアルの形で、20社くらいの企業にご利用いただいています。
もともと、リコーITソリューションズ(RITS)で担当した、大学の授業をマルチメディアでアーカイブするプロジェクトや、電子黒板周辺のコミュニケーションを可視化するプロジェクトがきっかけで、ウェルビーイングなソリューションを作りたいと考えるようになりました。その後感性工学を専門とする京都産業大学の荻野晃大先生に出会い、ディスカッションするうちに、コミュニケーション支援のツールが開発できそうだという手応えが得られ、共同研究の題材を考えていたときに来たのがコロナ禍です。急にオンラインでのコミュニケーションが普及し、人の顔が見えない、話しにくいといった問題が浮上してきましたよね。そうしたオンラインコミュニケーションを支援するサービスを考えようとなって、その時点でTRIBUSにエントリーしました。
当時のアイデアは、今のサービスとは全然違っていて、変わっていないのは「商談」をフィールドにしている点。コミュニケーションに対してクリティカルになる場所ですし、企業も経費を使う領域だと考えました。TRIBUSには「オンライン商談のサポート」というテーマでエントリー。その時はリアルタイムサポートを主な機能として考えていました。
――TRIBUSにエントリーしようと思った理由は。
鴻上 私が所属していたRITSは、親会社である株式会社リコーの新規事業におけるITサービスの開発・提供が多く、当時は自分で事業を提案して推進するという環境がなかった。でも私は自分で事業をしたくて、じゃあ事業会社に行くしかないかと思っていたところ、TRIBUSという制度を知って、ここでなら事業を作れるなと。いや、前からTRIBUSというのは聞いてはいたのですが、あまり真剣に考えたことがなかったんですよね。
――内田さん、浅川さんがチームに合流したタイミング、理由を教えて下さい。
内田 僕はリコージャパンでエンタープライズ系の営業をしながら、リコーのテニス部で選手として10年くらい活動していましたが、現役を引退し、テニスに代わって熱中できるものはないかと探しているときに出会ったのがTRIBUSです。鴻上さんと同じ年に、別のチームでTRIBUSにエントリーしているんですよ。

その中で、鴻上さんとは社内起業チーム向けの勉強会などでご一緒する機会があって顔なじみではありました。しかし、僕らのチームは残念ながらInvestor’s Dayで採択されず、採択された鴻上さんたちを「いいなあ」と思って見ていました(笑)。
新規事業開発のプロセスにはこれまで僕が持っていた常識を覆す作用があって、それがとても楽しかったんです。加えて新規事業開発に関わる人たちがまた魅力的。それで、サトラスのチームが採択後にメンバーを公募したときに、これはやらないといけないなと思って応募しました。また、Investor’s Dayで採択はされなかったものの、僕らのチームは社外起業で事業化に取り組んでいまして、そちらにも良い影響がありそうだという思いもありました。
鴻上 内田さんは同い年で座学でも一緒、ノリの良い人だったし、何よりもマインドセットが揃っていたので、まったく問題ないなと思いました。
公募をかけたのは営業ができる人材が必要だったからです。採択後のチーミングは難しくて、予算はつくものの適正な人数で最大限の成果を上げないといけない。かといって、営業を外部委託にするのはちょっと違う。やらされ仕事としてやるのでは絶対ムリだと思っていて、自分ごととして営業してくれる人が必要でした。そういう気持ちの人がジョインしてくれるのを気長に待とうと思っていたら、内田さんが応募してくれたんですよね。
浅川 私は鴻上さんと同じ、RITSに所属しており、営業管理ツール等webサービスの開発に携わっていました。でも仕事だけでは自分のモチベーションが上がらなくて、社内の有志でデザインを学ぶチームを作り、デザインスプリントやユーザビリティ、UX、そして人間を中心に考えるデザイン思考などを学んでいました。今では新入社員研修で、デザインスプリントの講師を務めることもありますが、そうやって社内外にデザインの大切さを発信する活動をしていたところに、鴻上さんから声を掛けていただきました。
鴻上さんには私が鹿児島に出張した折に一度だけお会いしたことがあっただけだったのですが、覚えていてくれてとてもうれしかったです。エンジニアとは違う仕事に取り組めるのは、面白そうだとは思ったのですが、仕事が大きく変わっていきそうだったので、その時は「1カ月くらい待ってください」と言ってしまって。よくよく考えた結果、やっぱりワクワクするほうへ行こうと思って参画することにしました。書類選考を通ったころの初期から活動しています。

鴻上 浅川くんは1回会っただけだけど、強烈にポジティブなところ、前向きなところがいいなと思っていたんです。そもそもRITSで、エンジニアがエンジニアリング以外のことに興味を持つのは珍しいんですよ。私は新規事業開発ではデザインが重要だと考えていて、それはチームを作るときも同様。それで、浅川くんに声を掛けました。
――外部企業であるビーワークスとも、エントリー当時から協業していると伺いました。ご一緒した経緯などを教えてください。
鴻上 社内起業チームが、他社と連携するのはゼロではないですが、珍しいかもしれませんね。ビーワークスさんは仕事でお付き合いのあったデザイン会社です。TRIBUSにエントリーして書類選考を通り、まだ本格的なシステム開発ができない状態のとき、僕はデザインが重要だと考えていたので、ビーワークスさんに、まずはサービスのアイコンを作ってもらおうと依頼したのがきっかけです。その相談をしていたら、「何やってるの? TRIBUS? なにそれ、面白そうじゃん!」となって、ジョインしてくれることになったんです。TRIBUS自体、外部を遮断することがまったくなく、入ってもらうことにもまったく問題はありませんでした。
それから9カ月、手弁当でチームメンバーとして活躍してくれました。お金を払っていないのに、パワーポイントやチラシがどんどんきれいになっていく(笑)。今は事業化の段階なので、業務委託という形で引き続きチームメンバーとして活動してもらっています。珍しいパターンかとは思いますが、TRIBUSの良い実績となったのではないかと思います。

――書類選考後にジョインした浅川さんはどんな活動をされてきたのでしょうか。
浅川 デザインスプリントは、サービスを作るためのフレームワーク化された考え方で、これを使ってサトラスの元となるアイデアが、顧客のニーズに応え課題を解決することができるかどうかを検証することから始めました。事業の進め方の設計と言っても良いかもしれません。アジャイルに開発するフレームワークで、「理解する」「課題を抽出する」、「解決のアイデア出し」という発散のフェーズ、そして「収束」という段階を経て、プロトタイプを作りを検証する。そのサイクルを5日間で回します。
限られた時間とコストの中で最大限の効果を上げるためのスタイルで、大規模な開発ではフォローできない顧客の細かいニーズを拾い上げていくことができます。これを初期の段階から、正式な形で実施したものだけでも60回以上、回しています。
――統合ピッチで採択されてからのアクセラ期間では、どのようなことをしてきたのでしょうか。また、苦労されたこと、良かったことなどのエピソードがあれば教えてください。
鴻上 デザイナーさんが作ってくれた提案書を持って顧客を回ってお話をし、フィードバックをもらって、方向性を修正していきました。アクセラ期間に入るとちょっと予算がつくので、プロトタイプを開発して、マーケティング的に営業を掛けて、使っていただける顧客を探し、4社でトライアルをしていただきました。Investor’s Dayで採択されたのも、この4社でのトライアルの実績あってこそだったのではないかと思います。
アクセラ期間中は、予算、起業に向けた座学、そしてメンターを付けてもらえるのですが、私たちのチームには統合デザイン会社tsugu代表の久下玄さんがメンタリングしてくれました。サービスをローンチするまでのことをたくさん教えていただきました。また、メンタリングの最後にはいつも「ゴリゴリいきましょう!」と励ましてくれるのも心強かったです。
苦労したのは、やることが多かったことかな。新規事業開発は本当に初めてで、ゼロから知識を入れるところからスタートでした。だから当時のモットーは「ノーと言わない、全部イエス」。言われたことは全部やっていたんですが、純粋にやるべきことの量が多かったのは大変でした。また、具現化しにくい、分かりにくいサービスを作ろうとしていたので、プレゼンが大変でした。理解してもらうのに時間が掛かりましたね。
浅川 アクセラ期間の活動は、それまでに学んできたことを実際に現場で実践する場となりました。デザインスプリントを回すのも、デザイン思考を活用するのも初めてで、結構失敗もしてしまった記憶があります。デザインスプリント自体、再現性を高くするためにフレームワーク化されているものなので、手順を踏んでやればできることはできるんですね。ただ、それをやる目的や理由が分かっていないと、手段が先走りしてしまって、納得の行くものができないという経験をしました。しかし、逆にいえば、それを経験することで、自分が一番大事にしているものがなにか分かり、そこに立ち返ることができました。
それは「人を喜ばせる、幸せにする」ということです。ビジネスはお金を稼ぐというイメージだったのですが、そうじゃないんだと。お客様に喜んでもらった結果としてお金が入ってくるもの。まず集中すべきことはお客様を深く知ることで、それがお客様を幸せにすることにつながるということに、TRIBUSを通じて気付くことができました。それからは仕事の仕方も変わったんです。事業化フェーズの今、顧客20社と会話していますが、コミュニケーションの仕方もガラッと変わりました。
鴻上 もともとポジティブだからできるだろうとは思っていましたが、浅川くんの人生がガラッと大きく変わったのではないかと思います。そこには感動を覚えるとともに、寄与したことに責任も感じています。

――採択後の事業化フェーズの活動について教えてください。
鴻上 私のほうでは、予算がついたので事業計画を作り、会長の承認を得るところをやっていました。また、内田さんがフルコミットでジョインするまで半年ほどの期間に、全然ダメダメだったプロトタイプを、しっかりとお金を入れて開発しなおしていました。
内田 僕は応募して採用はされたものの、本業の営業の仕事をすぐ抜けることができず、半年くらいは社内副業の20%で業務にあたっていました。採用されたのが2022年8月で、フルコミットになったのが2023年の4月からです。社内副業の間は、販社の人脈、リソースを活用して顧客を探したり、展示をさせてもらう場所を探したりしていました。フルコミットになってからは、僕が顧客を探してきてトライアルをしてもらい、そこからは浅川くんが伴走していくというスタイルになっています。
僕らがターゲットにしているデジタルサービスの企業ですが、僕らのサトラスもまたデジタルサービスなわけです。勉強している中で、デジタルサービスの企業は、分業制で営業していることを知りまして、そのやり方を踏襲するようになりました。つまり、営業のステージごとに担当が変わっていくというやり方ですね。
お恥ずかしながら、僕はこれを全然知らなかったんです。エンプラ系の営業のときは1人で同じお客様をずっと担当していましたが、それがリコーらしい営業だと思っていたし、そういう分業のやり方があることも知らなかった。リコージャパンでその話をしたら、結構知らない人も多かったですが(笑)。
浅川 事業化フェーズになって私もフルコミットになりましたが、役割、仕事の内容が変わってきています。もともとエンジニアとして、RITSでは大きなシステム開発の一部を担当するような仕事をしていましたが、その一部分だけをやっていればよかったし、全体像を知ることもありませんでした。しかし、フルコミットになってからは多能工になったみたい(笑)。開発環境を作ったり、プログラムで言う設計をしたり、何でもやっています。プロジェクトの全体像を知るという初めての経験もして勉強の毎日です。以前は、こう言われたことをこうする、という仕事の仕方でしたが、今はちゃんと全体像を見て、目標を持って仕事をしています。
鴻上 浅川くんについては、著しく成長する姿を目の当たりにしていて、後輩というよりは子を見守る親の気分(笑)。

内田 僕は浅川くんとの付き合いは短いけど、本当に成長が見て取れるので、「いや、なんか俺たちも若いころにこういう経験したかったよね」と、鴻上さんと2人で酒飲みながら話しています(笑)。
――現在、トライアルしている20社の反応は。
鴻上 反応は良いですが、プロダクトとしてはまだまだだと感じています。UXやお客様の業務ごとにフィットさせるところまで十分にたどり着けていません。お客様も、「良いサービスだ」と言ってはくれますが、費用を払ってまで導入するかどうかのところで離脱しています。
今年3月に有償版をリリースしましたが、まだリコーの製品として販売できているわけではありません。あくまでもプレのテスト販売。フィードバックを受けて、さらにブラッシュアップしないと正式なローンチに繋がりません。求められる事業規模もありますし、まだまだハードルは高いと感じています。
今考えているのは、現在のAIの成長速度がすごく速く、これをしっかりウォッチし、その流れを見失わないこと。このスピード感とフットワークの良さはTRIBUSが最適規模じゃないかと思っています。
――事業化フェーズに入ってから、ご苦労されていること、良かったことなどのエピソードがありましたらお願いします。
鴻上 内容のピボットをしているのですが、その判断をするときが辛かったです。売れると思ったものがまったく売れない状況。ここまで作ったものをやっぱり変えなきゃいけない、ということにはものすごい葛藤がありました。言ってくれたのはチームメンバーで、一人だったら絶対ピボットできなかったと思いますね。ピボットは辛かったですが、チームメンバーがいてくれて良かったとも思いました。
内田 僕はそんなに辛い思いをしていなくて、デジタルサービスの世界の営業のやり方を知ることができたのは刺激的でした。個人的には、初めての飛び込み営業を成功させたのが、すごくうれしかったですね。「リコーさんでも飛び込みするんですね」と驚かれましたが(笑)、最終的にトライアルまで進んでいただいて、すごくうれしかったですし、印象に残っています。
浅川 私も辛い、大変、という経験はあまりないんです。仕事で人との接点、人間関係がすごく増えて、自分に足りない点が分かってきたことが良いことだと思っています。また、コミュニケーションの問題も実感しています。伝わっていると思ったことが伝わっていないということが往々にしてあって、それはチーム内でも起こるということ。それは今後の課題だと思っています。
一方で、人と会うことで、必ず何かしら学ぶべきことがあって、それを自分の表現のためにインプットし、引き出しを増やしていく。そしてさらに、それを武器にしてサトラスを展開させるために役立てるという、良いサイクルが作れていると思います。

――TRIBUSにエントリーする方へのアドバイスを。
内田 営業部署にいると、まだまだTRIBUSを知っている人が少ないと感じています。営業は客に振り回されることも多いし、通常業務に忙殺されていますから、眼の前のことに囚われてしまいがちです。しかし、緊急度が低くても、やったほうが良いことはやっぱりある。その時間をどう作るのかは現実的な問題だとは思うけど、TRIBUSはチャレンジしがいのあるものなので、そこを感じてもらえたらと思います。
鴻上 やっぱりチームをいかに作るかが大事だと思います。一人で事業を作るのは無理。一人でずっと作業していると本当、病みますよ。
内田 本当にそう。
鴻上 来いよって引っ張ってくるのではなく、向こうから来る人を引き込むようにチーミングするのがいいと思います。チームさえしっかりしていれば、新規事業は何でもできると思います。マインドセットは同じほうが良いですが、同じような人間だけでチームを作ると、後々絶対しんどくなると思います。根底にある、大きな枠組みは一緒で、その先の職種や年代は多様なチームが良いかと思います。
浅川 先ほど、相手を喜ばせることが大事と言いましたが、そのために自己犠牲をするのは本末転倒だと思っています。自分が表現したいことと、相手がデザインしてほしいこと、その重なる部分を探すことが大事ではないでしょうか。そのためには、相手を見続けることとともに、自分自身も見続けないといけないなと思います。
PHOTOGRAPHS BY YUKA IKENOYA(YUKAI) TEXT BY TOSHIYUKI TSUCHIYA