新たに設立したRICOH Innovation FundとTRIBUSはどんな関係になり得るのか

昨年2023年11月にCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)のRICOH Innovation Fundが設立された。今年6月には第一号出資が決まり、社会的な注目度も増している。CVCは通常の出資に比べ、出資先との事業連携の比重が高いことが特徴であり、オープンイノベーションの場であるTRIBUSとも近い関係にあるとも言える。すでにTRIBUSともゆるやかに連携を開始しているというがこれから先の未来に描くTRIBUSとの関係はどのようなものなのか。そしてファンドが投資する領域、ひいてはその先に目指すものは何なのか。RICOH Innovation Fundの担当者から詳しく聞いた。

(今回のインタビューは東京都大田区にある次世代ワークプレイスの実践型研究所「3L(サンエル)」で開催。トップ写真はリコーが掲げるビジョン「“はたらく”に歓びを」を実現するプロジェクトの1つである次世代会議空間「RICOH PRISM」。)




伴野仁治
経営企画センター 事業開発室 室長。RICOH Innovation Fund担当。沼津事業所での生産戦略立案や生産管理システム立ち上げ担当後、英国にあるRicoh UK Products Ltd.へ赴任。赴任時にインクジェットやAM領域でのM&Aや新規事業開発に携わったことに始まり、2020年帰国後に経営企画部で中期経営戦略立案やM&A戦略を担当。2021年9月より事業開発室長。2023年11月にRICOH Innovation Fundを立ち上げる。

西中裕一朗
経営企画センター 事業開発室 RICOH Innovation Fund担当。厚木工場での生産管理、生産区からリコージャパンをはじめとした営業区への支援を経て、Ricoh Manufacturing (Thailand) Ltd.の生産管理をリモートで担当。2021年のTRIBUSにはカタリスト(スタートアップ伴走役社員)として参加し、株式会社スマートショッピング(現在は株式会社エスマット)を担当。同社のTRIBUS Investors Day(最終ピッチ)審査員賞受賞に大きく貢献した。カタリスト期間中から経営企画センターに所属。




――「RICOH Innovation Fund(以下RIF)」設立の経緯について教えて下さい。


伴野 基本的には新たな事業の創り方をつくるというのが狙いです。リコーがOAメーカーから、デジタルサービスの会社への変革を目指す中において、価値の創り方自身も変えていく必要があり、それに対応していくためとも言えます。

またデジタルサービスの新たな事業・ソリューションを作る上で、リコーの強みであるハードウェア技術だけではなく、どうしてもソフトウェアや、技術以外の競争優位性を生み出すための要素が必要になります。これらは会社内部に十分なケイパビリティがあるわけではないので、外から持ってこようという発想です。R&Dの予算の1%くらいを使ってCVCを作り、オープンイノベーションにより事業開発を行うという活動になっています。


経営企画センター 事業開発室 室長 伴野仁治

――なぜ今なのでしょうか。

伴野 日本の大企業において、既存事業の意思決定スキームのままでは『両利き経営*1』における『知の探索』がやりきれず、オープンイノベーションは当たり前のように必要だよねという風潮にはなってきました。リコーにおいても6期目のTRIBUSやVCへのLP出資*2を通じたスタートアップ連携など数多くの活動は行ってきた結果CVCをやるための準備が整ったという認識です。

また政府が掲げるスタートアップ育成5か年計画などこの領域への注目度は上がっていますが、実態としてスタートアップが初期的には高速で成長をしてもキャズム(アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間にある「溝」のこと)を超えるために苦労しているというのを多く見かけます。そこを乗り越えるためにリコーを含む大企業のアセット活用含めたCVCが担える役割がより重要になってきていると考えています。

*1 既存事業を深めていく「知の深化」と新規事業を展開する「知の探索」を両輪として企業を経営することの重要性を、右手と左手を自在に動かせる「両利き」になぞらえた経営論のこと。
*2 「Limited Partner(リミテッド・パートナー)」の略で、対象のスタートアップへ直接投資をせずVC(ベンチャーキャピタル)などが組成したファンドを通して投資を行う出資者のこと。



――投資期間、投資件数について教えて下さい。


伴野   基本的には長期的な視野での投資を考えており、目安として次の中期経営戦略(3年単位)でリコーや各事業部門で必要になりそうな事業・技術領域から探索するようにしています。一方でより直近での事業連携が期待できるもの(現業・既存事業に近いものという意味)も議論の対象外ではありません。一号投資案件としてアスエネ社に出資を行ったのもこちらのケースになります。
ファンド運用期間としては10年で、投資自体は最初の5年、2028年頃までに完了する予定になっております。 件数の目標は5年で30~40件。年では6~8件という見込みです。
昨年11月にファンドが設立されてから半期でおよそ200件の面談をしており、2件出資が決まり、現在もデューデリジェンス(価値評価やリスク評価などを含む投資対象の詳細な調査のこと)を行っているのが6件ほどあります。40~50件に1件くらいのペースで出資案件が決まればと考えていますし、この精度も件数に比例し、上がっていくと考えています。




――投資方針、投資領域について教えて下さい。

伴野  リコーの使命と目指す姿である「“はたらく”に歓びを」には、「タスクの自動化/効率化」「創造性の支援」という2つの価値提供があります。

タスク自動化は、リコーが1977年のオフィス・オートメーションを提唱した際の”機械にできることは機械に任せ、人はより創造的な仕事を”という考えが源流にあります。そこで生まれた時間を使って、人がさらに創造性を発揮できるようにする、その2つです。 これをより具体的に落とし込んだものが「創造性の支援」「ワークプレイス・エクスペリエンス」「デジタル・インクルージョン」「脱炭素/循環型社会」という4つの投資対象領域になっています。

創造性の支援には、個人とチーム、環境とプロセスの2つの軸があると考えています。
個人の創造性は従来ハードスキルがないために創造性が発揮できない状況を支援するイメージです。例えば絵が描けない人を画像生成AIが支援したり、BMI*3やHMI*4による創造性含めた能力拡張なども対象と言えます。
チームの創造性とは、よく言われる心理的安全性ですとか、創造に適したチームの状態やメンバーの資質、環境などを提供するものが考えられます。現在の企業、組織、プロセスが生産性、効率性を重視した仕組になっているので、創造性の発揮や価値の創造という点での新たな組織、コミュニティの仕組みなども探索しています。この投資領域は、我々の注力領域において最も未来を見据えて不確実で変化の速い領域へ投資することになるため、CVCとしても市場の動きや今後の可能性を注意深く見ています。

ワークプレイス・エクスペリエンスは、“いつでも、どこでも、誰とでも”コミュニケーション、コラボレーションできる環境を目指すものです。TeamsやSlack,Miro,Figmaなどのツールはありますが、各種コミュニケーションにおける切り替えなどの手間やオフィス、リモート、ハイブリッドといったその人に適した働き方で最大のパフォーマンスが発揮できる環境か?というとまだまだ課題は多く、それらを解決できる新たなイノベーションに投資をしていくという領域です。

3つ目のデジタル・インクルージョンは、基本的には人口減少社会への対応や、超高齢化社会を解決するイノベーションが対象です。例えば現場系DXや、業種特化のエージェントAI,BPaaS(Business Process as a Service)などで日本はこの領域で圧倒的な課題先進国でもあるため日本を中心に探索しています。

そして脱炭素/循環型社会については、サステナブルな社会を目指す際に必ず発生する、CO2の可視化・表示義務、ESGの開示義務といった新たなタスクの自動化・効率化に関する領域にのみ投資します。CCUS(Carbon dioxide Capture and Storage。二酸化炭素回収・貯留)や、核融合エネルギーの開発などは対象外です。投資金額も大きくなりますし、期間も長いので。それよりも必ず発生するうえ、専門性が高く複雑なタスク、特に、中小企業に対して支援ができるようにするという考え方です。

――――案件の探索はどのように行っていますか。


西中  二人組合のゼネラル・パートナーであるSBIインベストメントと私たち自身がそれぞれで探索をしています。
一番スタンダードなのがデスクトップリサーチで、1,000件単位のロングリストを作成し絞り込んでいくやり方。それからVCとのネットワークで紹介してもらうといったやり方などがありますが、私が重視しているのは自分自身で探すやり方です。ピッチイベントや事業会社のCVC関係のイベントなどに参加して、直接会話して形をつくっていきます。 デスクトップサーチでは必ずしも情報の鮮度が良いわけではありませんし、顧客数や売上などの詳しい事業の数字は表に出てきていません。直接会話することで、具体的なものが見えてきますし、それが次につながります。
仮にそのスタートアップがリコーとは合わなかったとしても、他の事業会社であれば合うかもしれないといった紹介や提案を互いにできるので、やはり人と会うのは大事だなと思います。

*3  Brain Machine Interfaceの略。自分の手足のように無意識の状態で機械を動かすこと。
*4  Human Machine Interfaceの略。人間と機械の間で情報をやり取りする際に伝達を担う部分の総称。


経営企画センター 事業開発室 RICOH Innovation Fund担当 西中裕一朗

――TRIBUSとの関係について教えて下さい。

西中  まず対外的にはTRIBUSのほうが認知が高いです。リコーです、と挨拶すると「TRIBUSですね」と言われることも多々あります。RIFのほうも一号案件が決まって知られるようになりましたが、先にTRIBUSが広まっているのは影響が大きい。
TRIBUSの良いところは、参加するスタートアップに、リコーの社員があたかもスタートアップの一員であるかのごとく伴走すること。スタートアップもかなりチャレンジングなことをしますし、TRIBUSでリコーと協業したいと言ってくれる企業が多いので、この間口は大切にしないといけないなと思います。

一方で、TRIBUSは期間中に協業し、事業提携できました!ということがあっても、資金的にその後の継続が難しいという課題があります。そこにRIFが入ったことで、資金調達の検討ができ、さらに深い連携が可能になったことは、スタートアップにとって、非常に大きなポイントになるかと思います。
いわばTRIBUSとRIFは同じ直線上にあり、一方の入口にTRIBUSがあり、その先にRIFがある。逆にRIFで投資とならない場合でも、TRIBUSに合うのであればそこにチャレンジしてもらう。その成果によって投資が実行できる、というような循環もできると思います。


――TRIBUSにどのような期待をしていますか。

伴野 各事業会社のCVCと情報交換を行う上で投資を行ったが互いの価値観や仕事の進め方が合わなかったというケースが少なからず起きています。そこを0にすることは難しいですが、いきなり投資をする前に、TRIBUSで合うか合わないかを検証するという進め方ができるのはありがたいです。そのうえで投資を検討する流れのほうが理解度も高まるし、その後の事業部連携もすでにPoCなどを経験済みですから、加速しやすいのではないかと思います。

実際にTRIBUSとはすでに一部連携を始めています。1つは、スタートアップ向けの説明会で、リコーのアセットのひとつとしてRIFを紹介しています。もうひとつは、過去のTRIBUSで採択されたスタートアップへの投資の検討もしています。これまでに10社ほど検討の俎上に上り、2件がデューデリジェンスに残っています。
投資検討の結果、今後に期待できるがまだ投資できるステージではないというスタートアップは結構出てきているので、そういう企業は一度TRIBUSに参加頂くと、スタートアップとリコーのお互いにとってちょうど良いタイミングで投資対象になり得るのではないかという期待しています。そして、それはRIFにとっても強みのひとつになるのではないでしょうか。
また、社内外のコミュニケーションの取り方などTRIBUSに学ぶべきことはおおく、引き続き連携をさせて頂きたいと考えています。





西中  私はカタリストとしてTRIBUSに参加していた経験もあって、TRIBUSコミュニティのメンバーが参加している社内掲示板に、今検討している投資案件についてどう思うか、率直な意見を聞きたいと書き込むことがあります。普段の業務では、現場の方の声を聞く機会がありませんが、TRIBUSのコミュニティには全国各地のグループ会社社員を含む“現場”の方も参加しているので、非常に率直な、現場に即した意見を聞けて参考になっています。



6月24日の「リコーのスタートアップ向け新規事業創出・事業成長支援プログラム「TRIBUS2024説明会&交流会 in SHIBUYA QWS」では、西中さんが説明に立たれ、その後の懇親会では、かなりの時間、スタートアップの皆さんと会話されたそうですが、どんな会話があったのでしょうか。

西中 どういうステージを投資対象にしているのか、具体的なことを聞きたい、という声が多かったです。また、私たちはシリーズA、プレシリーズAなど、PMF(Product Market Fit)が終わる少し前か、PMFが終わってこれから大きな市場を取りに行こうとする段階、そのあたりがボリュームゾーンになるのですが、「シリーズA」といっても人によってそのイメージが少し違うんですね。そこの認識合わせの会話も多かったです。資金調達中なので面談をしてほしいというスタートアップもいましたし、スタートアップ以外のコンサル系の方もいて、紹介したい企業がいるといったようなお話もたくさんいただきました。

 TRIBUSに関わるリコー、リコージャパンの関係者も多く参加していたので、新規事業をやりたい人、事業部につながる社内のコネクションができたのも良かったです。今後の事業連携に役立ちます。


――RIFが他社CVCと違う点を教えて下さい。

伴野  まずリコーが大きな顧客基盤を持っていること。しかも、直接顧客に相対する接点があります。デジタルだけでは届かない層にもアクセスできるのは強みでしょう。複合機やプリンタなどのエッジデバイスを持っていることもリコーならではの特徴です。また、我々自身がコミュニケーションサービスのインテグレーターなので、システム連携、API連携もできます。

事業部連携で言えば、他社CVCを見ていると、やはり立ち位置としては出島になっているし、既存の事業部との距離感に悩んでいるところも少なくない印象です。しかし、リコーはTRIBUSの流れもあって、人員的な面も含めて協力体制を作りやすい素養があります。カタリストのカルチャーやTRIBUSの習慣が染み出しているので、オープンイノベーションの土壌をよく耕せているのではないでしょうか。


西中 TRIBUSの土壌、間口の広さはRIFにとっても大きな力になると思います。社内でもっと協力体制が作れれば、さらに大きな力を生み出すことができると思いますので、スタートアップの皆さんにはその点期待していただきたいですね。




――最後に、RIFが目指すもの、世界観を教えて下さい。

伴野  社内外ともに言えるのが、デジタルサービスの社会実装を伴走し加速する装置であるということ。スタートアップの尖った技術や競争優位性とリコーの技術、顧客基盤や接点を組み合わせることでキャズムを超えるスタートアップを多く生み出せるのではと考えています。

社内的には、冒頭にも述べましたが事業の創り方を変えていくことに貢献したいです。リコーは新規事業開発の成功事例が多くはなく、コピー機という素晴らしいビジネスモデルかつ巨大な市場にいたこともありオペレーショナルエクスレンスは得意だが0→1は苦手という面もあると考えています。そこでスタートアップを探索し1→10を伴走し事業を作っていくというプロセスも選択肢として当たり前になっていくようにしたいと考えています。


西中 プラスアルファで私が思うのは、スタートアップと大企業のエコシステムを実現して、循環させたいですね。スタートアップが、事業を大きくしたいときに、リコーと組めばなんとかしてくれる。出資もしてくれるし、リコーが技術やノウハウをもって協力もする。そしてスタートアップが大きく成長する。その流れが当たり前になるといいなと。スタートアップの皆さんが、加速装置としてリコーを使う。そんなエコシステムが形成できればと思って取り組んでいます。




PHOTOGRAPHS BY  UKYO KOREEDA 
TEXT BY TOSHIYUKI TSUCHIYA 



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