【Challenger’s Interview】現場の声を徹底的に尊重するヒアリングをもとに生まれた、聴覚障がい者向けコミュニケーションツール「Pekoe」

企業の中で、聴覚障がいのある人は多く働いているが、人事担当者はもっと活躍してもらいたいと思いながらも、忙しくて現場に任せざるを得なかったり、上司やチームメンバーも、もっと意思疎通を図りたいけれど、議事録を渡すなど最低限のことしかできていなかったり、聴覚障がい者とのコミュニケーションには、さまざまな課題がある。

また、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、在宅勤務を導入する企業が増える中、聴覚障がい者は、音声中心のオンライン会議に参加するのが難しいという大きな課題がある。それに加えて、対面の会議でもマスクをしているため、口の動きを読む“口話”が困難となり、コミュニケーションに困るケースが増えている。

TRIBUS 2020で採択された「Pekoe(ペコ)」は、これらの課題を解決するべく生まれた、聴覚障がい者向けコミュニケーションツールである。音声認識AIによる自動音声認識と、誤変換をその場で修正できる機能など、双方向コミュニケーション機能を搭載した「みんなで使えるツール」は、社内外の多くのユーザーに使われており、「もう二度と、Pekoeのない生活には戻れない」などの声が多く寄せられている。2021年11月11日にはβ版の無償トライアルをリリースし、さらなるコミュニケーションの活性化を目指して、開発・サービスの向上に取り組むPekoeプロジェクトチームのメンバーに、その誕生までの軌跡から、アクセラレータープログラム後の展開に至るまで、話を伺った。


インタビュイー 
TRIBUS推進室 
(写真左より) 
 小野敦子氏 
 木村寿氏 
 岩田佳子氏 
 木村純氏 
 中島章敬氏 
 木下健悟氏



「Pekoe」が生まれるまでの軌跡


―最初に、Pekoeの開発が始まったきっかけについて教えてください

岩田「当初は、電子黒板(RICOH Interactive Whiteboard)上で動く会議録システムを開発しており、発言内容を画面上に字幕として表示していました。ある時、社内の技術発表の場でそれを見た人から、「この仕組みがあれば、聴覚障がいのある方も助かるね」というお声をいただいたことが、最初のきっかけでした。有用性を確かめてみたいと思い、2018年末ごろから、社内の聴覚障がい者の方へのヒアリングをスタートしました。

その中には、のちにPekoeのプロジェクトメンバーとなる木下さんもいて、聴覚障がい者の立場から、困りごとや課題など、率直に聞かせていただき、大変参考になりました。当時の木下さんは、沼津にある事業所のメンバーとの打ち合わせは口話が必要なため、毎週のように、往復約5時間をかけて現地に通っていました。「話者の発言をリアルタイムで文字化できるシステムがあれば、遠隔での打ち合わせが可能になるし、すごく助かります」とおっしゃっていたことが印象的でした。木下さんをはじめ、当事者の方たちの声を聞く中で、もしかしたら、他の企業でも、コミュニケーションに困っている方がいるかもしれないと思い、ヒアリングを重ねながら、会議録システムに少しずつ改良を加え、聴覚障がい者がパソコンで使えるアプリとして、Pekoeの開発を進めてきました」



―どのような経緯で、TRIBUSへの応募に至ったのですか?

木村(純)「『ずっと温めてきた事業テーマがあるんです』と岩田さんから相談を受けて、実際のデモや、社内ユーザーのフィードバックを見せてもらいました。素晴らしい取り組みだと思いましたし、事業化のチャンスを狙って、コツコツ頑張ってきたことが伝わってきました。社内で事業として立ち上がるように正攻法でいくのか、それとも、TRIBUSという新しいチャンスに賭けてみるのか。話し合った結果、応募に至り、2020年度のTRIBUSで採択されたという流れです」

岩田「当初は、社内の聴覚障がい者の方に使っていただいていたのですが、口コミで徐々に広まり、社外でも、多くの方が使ってくださるようになりました。また、コロナ禍で在宅勤務、オンライン会議が増えてきた中、人事部が、聴覚障がい者向けに困りごとアンケートを実施したところ、「Pekoeを使いたい」という声が多く挙がりました。

実際に、使ってくださった多くの方からも感謝の声が寄せられ、「もう二度と、Pekoeのない生活には戻れない」と言われるようになりました。「このサービスはなくせない、また世の中の聴覚障がい者の方にも広く使っていただきたい」と思い、TRIBUSに参加することにしました。会議録システムの開発から一緒に携わってきたエンジニアの中島さんをはじめ、「メンバーになってくれませんか?」とお願いをしたら、皆さん、快く引き受けてくださって、たいへん心強かったです」

木下「現在私は、Pekoeのユーザー向けサポートを担当しています」

小野「この20年ほど、聴覚障がい者の支援に携わってきました。今年9月までリコージャパンに在籍し、聴覚障がい者の部下3名と共に従事する中、彼らにPekoeを使ってもらい、そこから上がった要望などを岩田さんたちにお伝えしてきました。10月からはリコーに異動し、一緒に活動させていただいています」

木村(寿)「私は、Pekoeのビジネスプランや戦略と並行して、Pekoeの兄弟プロジェクト「toruno」のプロダクト企画を担当しています。後ほど詳しくお話しますが、torunoは、オンライン会議をテキスト、音声、画面キャプチャでまるごと記録する、一般ユーザー向けのクラウドサービスです」

岩田「torunoを事業化しようというアイデアは、木村さんの発案でした。私自身、元々開発者だったこともあり、ビジネス的な視点で物事を捉えることは、あまり得意ではありません。自分にはない部分に長けた木村(寿)さんの力をお借りしたいと思い、Pekoeのプロジェクトにも、ぜひ一緒に取り組んでほしいとお願いしました」



―プログラム期間中には、企業や学校の聴覚障がい者へのヒアリングを実施されたのですね。

小野「主に、聴覚障がい者を雇用している企業の人事や採用、ダイバーシティを担当されている方々にヒアリングし、その上でPekoeを使っていただくという流れでしたので、ヒアリングの幅は、聴覚障がい者の方だけではなくさまざまでした」

ープログラム参加によって得た気づきや苦労された点について教えてください。

木村(純)「これは木下さん以外のメンバー全員に言えることですが、聞こえないという感覚を“自分ごと”として捉えるためには、やはり当事者の立場に立って体験してみなければ、理解することは非常に難しいです。例えば、開発当初、Pekoeの起動画面をスクロールするたびに、画面に若干の揺れが生じる不具合がありました。指摘を受けた時に初めて気づいたことですが、聴覚障がい者の方は、画面上で文字を追い続けているので、ほんの少しでも揺れると、非常に目が疲れてしまうんですね。自分でも試してみて、最優先で直さなければならないことだと痛感しました。Pekoeの定例会議では、チームメンバーの誰か1人が、ろう者の役を担うロールプレイを行うようにしています」



中島「torunoのほうが先に事業化されていたため、Pekoeの開発に十分な時間を割けないという葛藤もありながら、同時進行で進めていました。木村(純)さんが言うように、一番苦心したのは、聞こえないという感覚が、身を持って分からないことでした。「こんな機能があれば、もっと使いやすくなるかもしれない」と自分が思うことと、当事者の方の使用感に隔たりがあるのを感じましたが、木下さんをはじめとする聴覚障がい者の方や、その実情をよく知る小野さんからヒアリングを行いながら、修正を重ねていきました。厳しい意見もありましたが、率直な声を聞かせていただき、たいへんありがたかったです」

岩田「オンライン会議が多くなり、対面の会議でもマスクが外せないという状況の中、聴覚障がい者がコミュニケーションに困るケースが増えています。聴覚障がいのある方は、手話や動作と、口の動きを読む“口話”が一体となって、意思疎通を図っているので、相手の口元がマスクで覆われていると、その動きが読み取れなくなってしまうためです。多くの会社が何らかの音声認識ツールを使用してましたが、誤認識が多く、意味が分からないそのままになっていたり、一方通行なやりとりになっていたりすることも課題だと思いました」


一番の魅力は、「みんなで使えるツール」であること


―Pekoeの特徴や魅力についてお聞かせください。

木下「例えば、私がPekoeのアプリケーションを起動して、チームメンバーにリンクを共有すると、その誰もが、ブラウザで同じ画面を見ることができます。当初、確定していない音声のテキスト(話者が話している最中のテキスト)を表示させることは難しかったのですが、中島さんをはじめ、エンジニアの皆さんが頑張ってくださって、確定する前のテキストも、参加者全員がリアルタイムで見られる機能が付加されました」



岩田「これは、木下さんのアイデアから生まれた機能です。いかに遅延なく、話した情報を表示するかについては、開発面で最も苦心したところです。Pekoeがこだわっている機能として、音声テキストの誤変換をみんなで修正できる機能が挙げられます。同じ画面を共有している人なら誰でもその場で修正できますし、誰がどのように行った修正なのかも、リアルタイムで見ることが可能になりました」

小野「聴覚障がい者の方がひとりで使うものではなく、みんなで使えるツールであることが、Pekoeの魅力だと思います」

木村(純)「修正機能を実現できたことを機に、ユーザーの方から寄せられる細かなフィードバックを活かした開発ができるようになったことも、我々にとって大きな進歩でした」

木下「また、周りの健聴者の方も、Pekoeの画面で自分の発言を確認してから言い直す、早口だったのを少しゆっくりめに話すなど、意識して会議を進めてくださるようになりました。実際、ユーザーの方からも、「会議のあり方が変わった」というお声を多くいただいています。
自身としては、会議の前後の雑談にも参加できるようになったことが、とても嬉しいです」



小野「そうですよね。Pekoeがなかった時の話ですが、会議中は、聴覚障がいのある部下のためにみんなで音声をテキスト入力していたのですが、休憩時間になるとキーボードを打つ手が止まってしまうんです。すると、聴覚障がいの部下はみんなが笑って話をしていたりすることを分からなくなってしまう。このPekoeは、そんなシーンを無くすことができる、そういう期待を持てました」

木下「あるユーザーの方から、「実家の両親とビデオ通話したいので、週末にPekoeを使ってもいいですか?」という問い合わせがありました。スムーズな意思疎通ができたそうで、たいへん喜んでいらっしゃいました。最近では、高齢者の方向けの介護セミナーを自宅で視聴してもらうためにPekoeを活用したいという企業もあります」

小野「以前は、字幕のないオンラインセミナーも、サポートする人がそばにいないと参加するのは難しかったのですが、Pekoeを使ってひとりで受講できたという方もいらっしゃいます。聴覚障がいのある方は、まわりに迷惑をかけたくない気持ちから、遠慮がちな傾向にありますが、こうしたツールがあることで、より自発的にセミナーなどにも参加するチャンスが増えていくように思います」



木村(純)「会議システムなどに紐付いていたら、先ほど木下さんが言ったようなプライベートのビデオ通話などには使えなかったと思いますが、Pekoeは独立したサービスなので、起動さえすれば、どんな時にも使うことができます。ユーザーの方からいただくフィードバックを見ていると、これまで壁になっていたものが自然に崩れていくような感じがして、そこに貢献できていることを嬉しく思います」

―Pekoeに先行してtorunoのサービスもスタートされましたが、派生した経緯や異なるサービスとして展開したことで得られた反応や課題がありましたらお聞かせください。

木村(寿)「私は2020年4月にリコーに中途で入社してきました。色々な部署の取り組み内容について理解を深めたく、配属先の新人研修担当チームの方にお願いして、新人社員向けのオンライン研修に参加した時、中島さんが、Pekoeのサービスについて紹介されていました。当時Pekoeは、社内の一部の聴覚障がい者の方に使っていただいている状態でしたが、「このツールをオンライン会議で疲れているオフィスワーカー向けに商品化したら、新しい価値提供につながるのでは?」と思いました。この着想を岩田さんたちに提案したことが、Pekoeからtorunoに派生したきっかけです。

当時のPekoeの良いところを継承し、改善したほうが良い点を抽出し、新しいアーキテクチャでtorunoを立ち上げました。torunoを展開したことで、音声を使った記録のニーズが予想以上にあるということ、torunoのお客様からも聴覚障がい者とのコミュニケーションに使いたいと問い合わせがあったことなどから、Pekoe側のニーズも把握することができました。その後、torunoで改善したアーキテクチャを活用して新しいPekoeを生み出すことができ、またtorunoを先にサービス展開したことで、得られた情報をPekoeに活用することができています。

torunoは、オンライン会議のソフトと一緒に起動し、記録開始をクリックするだけで、テキスト、音声、画面キャプチャでまるごと記録できます。会議の振り返りや共有、議事録作成はもちろん、動画の文字起こしにも使えるので、ライターなど、個人事業者の方にも利用いただいています」



さらなるコミュニケーションの活性化を目指していきたい


―成果発表から半年以上が経ち、β版のトライアル利用を開始されるなど今後の展開が期待されます。これまでの活動を振り返りつつ、いま特に注力されていること、今後の展望についてお聞かせください。

岩田「2021年11月にはPekoeβ版のトライアル企業の募集を公表しました。TRIBUSの事務局や社内の広報の方々にご協力いただき、少しずつお問い合わせが増えてきている状況です。今までは漠然と、聴覚障がい者を雇用している大企業を想定していたのですが、最近は、聴覚障がい者の方たちが持つ能力をより積極的に活用したいと考えている企業から、お問い合わせをいただくことが増えています。将来的には、会議の参加メンバーだけでなく、「今、手が空いたので、手伝えますよ」という人がサポートできるような仕組みを作れたらいいなと思います」

小野「まだPekoeを渡しただけでは、聴覚障がい者だけが使う一方通行なツールになってしまい、十分な効果を引き出す使い方ができていないことを感じています。また、音声認識は、どんどん良くなっていますが、誤変換がなくなることはないと思います。
そこでPekoeの強みである、誰でもその場で誤変換を修正できる機能や、聴覚障がい者の側からもチャットで発言できる機能などを十分に生かしていただければ、コミュニケーションはもっとスムーズになります。今後は、上手な使い方についてのセミナーを開催し、コミュニケーションを活性化することで、聴覚障がい者の方のお仕事の幅を広げることができたらと考えています」

中島「ユーザーの方からいただく要望やフィードバックをもとに、皆さんの困りごとをできるだけ早く解決できるよう、これからも尽力していきたいと思います。ユーザーの立場に立ち、自らが体験することで理解を深め、新たな機能なども、積極的に提案していきたいですね」



木村(純)「話者の発言がリアルタイムで表示されるようになったとはいえ、健聴者の会話の速度と比べると、まだ若干の遅れがあります。Pekoeを通じて、聴覚障がい者の方と自由闊達に議論をするためには、いくつか超えなくてはならない壁があるので、そこをなんとか乗り越えて、より多くの方に使っていただけるツールに育てていきたいと思います」

木村(寿)「Pekoe、toruno、いずれもβ版をリリースしたばかりの段階です。まずはしっかりと立ち上げていかないといけないのですが、このプロジェクトは色々と事業開発の新しいやり方にチャレンジしています。立ち上がった際には、チャレンジしたやり方を当社のサービス開発のプロセスに融合させていき、他の方も使えるプロセスにしていきたいと思います」

木下「ユーザーの方からは、「参加者が話していることがリアルタイムで分かるから、自信を持って発言できるようになった」、「以前は、言い直してもらえないと分からなかったけれど、その回数が格段に減った」、また、健聴者からは、「自分の発言を文字として見ることができるので、気をつけて発言するようになった」などの声が寄せられています。Pekoeをきっかけに、より多くの聴覚障がい者の方が、積極的にコミュニケーションを取っていけるよう、これからもサポート業務に尽力していきたいと思います」

岩田「ずっと自分がかたちにしたかったテーマをTRIBUSで採択していただいたことで、仲間と共に、その実現に向けて活動することができる今があります。もし、皆さんの中に密かに温めているテーマがあるとしたら、ぜひチャレンジされてみることをおすすめします。その中で、私にできることがあれば、ぜひご一緒させていただきたいです」



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