【Challenger’s Interview】少年時代に「見えなかった星空」を求めて。「リコリモ」実装までの七転び八起き

中学時代、友達と望遠鏡を担いでハレー彗星を見に行ったが、そもそも見つけることすらできなかった——それを「一種のトラウマ」と話す武田謙郎が、数十年の時を経てチームリーダーとして提供するのが、天体撮影リモートサービス「リコリモ」だ。天体撮影には不向きの日本で悪戦苦闘する天体ファンに向けたサービスで、海外に設置された大型望遠鏡をリモートで操作し、撮影できるというものだ。順調に利用者を伸ばし、着実に事業化を進める武田は、もともと「地方でしか働けないと思っていた」と言う。そんな武田が、なぜ社内起業にチャレンジするようになったのか——そのストーリーを追った。
武田 謙郎
株式会社リコー 未来デザインセンター TRIBUS推進室 リコリモチームリーダー
日本の天体ファンの「撮れない」を解決する
――リコリモとはどんなサービスなのか、教えてください。
武田 日本で天体撮影を楽しんでいる方々は、実はとても恵まれない環境にいるんです。日本は雲が多くて、上空にはジェット気流があるので大気が非常に不安定。作物が育つにはいい土地なんですけど、天体を撮ろうとすると真逆で、1年に1回ちゃんと撮れるかどうかというレベルです。
日本には宇宙に興味がある人が1000万人ほどいらっしゃって、望遠鏡を買ってコアに天体撮影をしている方が約5万人いるとみています。コアなファンの皆さんが、大気の安定したオーストラリアに設置された大型望遠鏡をリモート操作して、好きな天体を撮影できるサービスを提供しています。
オーストラリアに設置されている大型望遠鏡
操作するのは50センチの大型望遠鏡で、海外に持っていくことはもちろん、自宅にも置けないような機材です。それをリーズナブルな価格で、希望する時間帯に使えるというサービスです。現地の会社が提供しているサービスを、日本語かつ撮影の注文から実行までを自動で中継できるように開発して提供しています。
遠隔操作による撮影と、色彩などの調整が可能
――2024年8月に提供を開始して、現在の状況はいかがですか?
武田 ユーザー数は約400人です。最初は利用者が増えなくて苦戦しましたが、天文専門誌の「星ナビ」さんや天体関連のYouTuber「天文リフレクションズ」さん、VTuberの「猫谷ここな」さん、天体撮影コミュニティーのCANPさんに取り上げていただいた影響が大きく、一気にユーザーが増えました。口コミの力は大きいですね。皆さん、楽しんで使っていただいています。
天体専門VTuber「猫谷ここな」さんとのコラボ
――反響も大きいのですね。武田さんは元々宇宙に興味があったのでしょうか。
武田 興味をもったのは小学生くらいからですね。僕らの世代は宇宙戦艦ヤマトや機動戦士ガンダム、スタートレック、スター・ウォーズの全盛期で「宇宙花盛り」の時代だったので、大人になったらあの世界が待っているんだろうと思っていました(笑)。宇宙は好きで、カール・セーガンの「コスモス」や「コンタクト」を読んだりもしていました。宇宙はずっとある意味身近な存在だったんです。自然に興味をもったという感じですね。
一番大きかったのは、中学生の頃にハレー彗星が来たこと。テレビでは光の尾を引いた迫力のある映像が流れていたので、「当然見れるはず」と思って友達と望遠鏡を担いで見に行ったんですね。まさにBUMP OF CHICKENの「天体観測」の歌詞の通りです。でも、全然見えなかった(笑)。何回か夜中に出かけたんですが、結局一度も見つけられなかったんです。今思えば、見る場所も探し方もわからなかったんですよね。ただ冒険して帰ってきた、それだけでした。
――見られなかったことは、その後に影響しましたか?
武田 半分トラウマですよ。「天体ってこんなに難しいんだ」と思ってしまって、そこから本格的には取り組まなくなりました。興味の方向はロボットに向かっていって、大学では工学部でロボット工学を学びました。
仙台出身で、大学も東北地方で過ごしましたから、なんとなく「地方じゃないと僕は働けないだろう」と思っていたんですよね。偏見ですけれど。そこで地元でも名が知れていた、東北リコー(現エトリア)に入りました。入社後はずっとコピー機のソフトウェア開発をしていました。
ところがリコーの開発拠点である海老名への出張も多くなり、ついに30代前半で海老名に転勤になりました。最初は不安でしたが、やってみたら「都会でもやっていけるな」と。リーダーも経験させてもらって、マネージャー業務を任されるようになりました。そうすると、視座が否応なしに上がるんですよね。

危機感を原点に始めた「一過性ではない」挑戦
――具体的にはどのような視点の変化があったのでしょうか。
武田 例えば営業から「入札で勝つために、分速100枚のプリントを101枚にしてくれ」と言われるんです。きっちり要求には応えるんですけど、その1枚にはお客様にとってどういう意味があるんだろうか?と疑問に思うようになってくるんですよね。「そもそもコピー機に今どんな需要があるのか…」と考え始めるわけです。それまでは目の前の開発に集中していればよかったのが、マネージャーになると市場や会社のことが気になり始めて。「リコーはコピー機で生きていけるのか?」「開発メンバーたちはその時にどうやって生きていくのか?」という漠然とした不安・危機感を周りの人とも共有するようになっていきました。
そういうこともあり、経営企画に異動し、新規事業のプロジェクトの立ち上げも経験しました。うまくいかなかった部分もありましたが、ちょうどその頃にTRIBUSの前身となるプログラムができて。「同じことを考えている人がいるんだ」と思ったのが、最初の応募のきっかけです。やっぱり「リコーをどうにかしたい」という思いがずっとありましたね。
TRIBUS Investors Day 2023での発表の様子
――TRIBUSへの応募は、最初から天体がテーマだったのですか?
武田 いえ、一番初めは2019年です。ロボット工学の延長で「義手」のテーマで応募しました。初回ながらファイナルまで残ったんですよ。「これが通れば採択だ」というところで落ちました。落選してから、いろいろなアイデアを考えましたが、そんなとき「宇宙兄弟」というコミックに出会いました。主人公が宇宙飛行士に挑戦する物語です。だんだん、好きな宇宙のアイデアで挑戦することを考えるようになりました。
実は、TRIBUS事務局の森久さんも同じ年に応募していて、選考中は、新横浜の事業所(現在は閉鎖)の「つくる〜む新横浜」でばったり会ったりして「何やってるの?」「肉こねてんだ」(当時、森久さんは人工培養肉事業を担当)「オレは手を作りに来た」なんて話をして、「お互い頑張ろうね」と励まし合ったりしていました。結局、一緒に落選しちゃいましたけど。(笑)
「宇宙兄弟」の主人公が、チームメンバーが対立したときに「宇宙の話をしよう」と言って方向性を正すシーンがあります。まさにそれと同じように「リコーの未来の話をしよう」と、同じ方向に向かって励ましあえる仲間を得られたことは大きかったです。
TRIBUSは自分のテーマとの戦いでもありますが、毎年の挑戦者たちと「起業兄弟」ともいえるような感じで話ができるのも魅力だと思います。
――新規事業に挑む仲間の存在があったんですね。そこから2023年の採択まで、ずっと応募を続けていたのでしょうか。
武田 はい。落ちてから毎年のようにいろんなアイデアを出しまくって、落ちまくりました(笑)。一度に5件のアイデアを応募して書類選考で全落ちした年もありました。でも、諦める気は全然なくて、かなり楽しんでやっていましたね。
TRIBUSの良いところは、社外の方が審査に入ることなんです。社内だけだと「あいつに気に入られていないから落ちたんじゃないか」と思ってしまうこともあるでしょう。でもTRIBUSは社外の審査員の方にちゃんと評価してもらえるので「やっぱり客観的に見てもダメなんだな」と納得できる。フィードバックのコメントももらえるので、何がダメだったかを次に活かせる。次はこれでどうだ、あれでどうだと考えること自体がもう楽しかったんです。
選考の段階からメンターがついて、いくらかの活動資金と工数がもらえるので、採択される前からインタビューなどの活動ができるんですね。今年採択されなくても、翌年またブラッシュアップして出せる。この「一過性じゃなくて、ずっと続けられる」仕組みは、TRIBUSのかなり魅力的なところだと思っています。
インタビューが変えた事業の形
――では、リコリモが採択された決め手はどこにあったとお考えでしょうか。
武田 一番の違いは、市場インタビューをしっかりやっていたことだと思います。それまではどちらかというと「ただのアイデア」を提案していたんです。でもリコリモの時は、採択前からお客さまへのインタビューをかなり重ねていた。だから現実味があると評価してもらえたんじゃないかと思います。

そのインタビューにも転換点がありました。選考の途中でメンターとしてついてくださったアルファドライブさんから「あなたのインタビューの仕方、変ですよ」と指摘をいただいたんです。それまでは「こういうサービスどうですか?」とアイデアをぶつけていたんですが、「アイデアを聞くと『いいですね』としか返ってこない。アイデアは伝えず『今どうしていますか?』『それがなかったらどうしますか?』とだけ聞いて、答えを内々で分析しなさい」と教わったんです。
アドバイスをもとに、チーム4人全員で30件以上のインタビューを2周、3周しました。合計で100時間以上です。一つひとつのインタビューに全員で出て、後から「この人の本心はどっちだろう」「こう言ってるけどリップサービスだよね。だってこの人はお金を出さないと言ってるもん」と、矛盾を見つけながら分析していきました。
分析でも、チームメンバーとは言いたいことは言い合っていました。「オレはそうは思わない!」「いやいや、それこそあなたの感想ですよね!」みたいな。一晩考えて、お互いに「言い過ぎた。あなたの言うことも、もっともだ。」となることもありました。他人が聞いたら、ほぼ喧嘩でしょう。(笑)そのおかげで、誰かの意見でミスリードすることなく冷静に分析できたと思います。
――インタビューを重ねるなかで、当初の想定とのギャップはありましたか?
武田 かなりギャップは大きかったですね。最初は「そんなものダメだ」と言う方がかなり多かった。望遠鏡は自分で整備して、何が失敗の原因かを自分で把握できないと天体は上手く撮れない、という考えの方が大半だったんです。
でもそれって、カメラで言えばオートフォーカスがなかった時代の話と似ているなと。昔は自分でフォーカスを合わせないとダメだと言っていた人たちも、今はオートフォーカスを普通に使っている。僕らが提供するのは、天体撮影における「オートフォーカス」のようなものだと思ったんです。
決定的だったのは、天体写真の業界で有名な方に使っていただいたとき。最初は試す前から「ダメに決まっている」と言われたんですが「ダメなら、どこがダメか教えてください。それが次のステップになりますから」と食らいついて、試してもらったんです。そしたら「期待を裏切られた。すごくいい。撮影はこっちに任せるわ。自分の望遠鏡は見る専門にして、オーストラリアワイン片手に夜空を見上げるだけにする」とおっしゃってくれた。自信はあったんですが、正直驚きました。それからはその方がお仲間に広め始めてくださって。全体を通して、その方の行動変容が一番のターニングポイントだったと思います。

「リコーが宇宙につながるんだ」という驚きを広げたい
――今後の展望を教えてください。
武田 我々の事業のビジョンは「宇宙の美しさを身近に」です。今のリコリモは深宇宙の星雲や銀河を大型望遠鏡で撮るサービスですが、正直、それだけではまだ「身近」とは言えない。オーストラリアの天の川は本当に綺麗なので、もっと人間の目に近い感動を届けられるような、手前の天体を気軽に楽しめるサービスも考えています。もうちょっとイージーに宇宙を楽しめる入口をつくりたいですね。
あとは、探究学習への活用も可能性を感じていて。NASAが出す画像って教科書のように扱われがちですが、実は可視光じゃない光で撮影して、波長ごとに色を割り当てて作った解釈的なものなんです。自分で実際のデータを撮って処理することで「教科書の写真と違う」「なぜ違うのか」という探究のきっかけになる。プログラミング学習やデータ分析の教材にもなり得ると思っています。
まずは2027年3月までの活動期間中に、ビジネスとしてしっかり成立させることがゴールです。構想は見えていて、協力してくれる会社との連携も進めています。
――TRIBUSには、これまでAIやビジネス改革寄りのテーマが多かった印象もあります。宇宙というテーマで採択されたことについて、どう感じていますか?
武田 「リコーが宇宙につながるんだ」という驚きをもってもらえるテーマだったんじゃないかと思います。コロナ禍で閉塞感もあって、リコーの既存事業に沿ったテーマが続いていた時期があったと思うんですが、コロナが明けて対面選考に戻ったタイミングで、宇宙なんていう「馬鹿じゃないの」と言われそうなテーマで採択された。それはきっと「はちゃめちゃでもいい、夢のあるアイデアを出してもいいんだ」というメッセージにもなったんじゃないかなと思っています。
実際の天体写真。水素の波長などを意識しながら想像力を使って色彩の調整を行っている
――最後に、TRIBUSへのエントリーを考えている方にメッセージをお願いします。
武田 何度も何度も挑戦するといいですよ、と伝えたいです。進めば進むほど、やればやるほどデータが集まるし、仮にテーマを変えたとしても、インタビューの仕方やアイデアの磨き方など、それまでの経験が全部ノウハウになります。他の挑戦者からも意見をもらえて、自分のアイデアの補完もできます。一回で諦めないでほしいですね。
TRIBUSは採択後のサポートも手厚くて、事務局にノウハウが蓄積されているので「これどうしたらいいの」と聞けばだいたい教えてもらえる。それがなかったらかなりスピードダウンしていたと思います。「この事業をどうするか」という議論に集中できる環境がある。すごくよい制度ですし、活用するしかないと思います。