TRIBUSが初代最優秀賞に!「ビジコンAWARDS」で考える“イケてる”社内ビジコンの姿

株式会社フィラメントにより創設された、優れたビジコン事務局を表彰する「ビジコンAWARDS」。このアワードでリコーの「TRIBUS」が初代・最優秀賞を受賞した。新規事業を生み出す仕組みである社内ビジネスコンテストをどう根付かせ、進化させるのか——その「運営」に焦点を当てたユニークなアワードで審査員を務めたフィラメント代表の角勝氏と、今回の受賞を導いたTRIBUS推進室の森久泰二郎に話を聞いた。
角 勝
株式会社フィラメント 創業者・代表取締役CEO。新規事業創出、人材開発、組織開発の各領域で多くの企業の支援を手掛ける一方、フィラメント社の独自事業も積極的に開発。経産省のイノベーター育成事業「始動」や森ビルが運営するインキュベーション施設“ARCH”などのメンターを歴任。地方公務員(大阪市職員)での20年に及ぶ在職経験から、様々な省庁や自治体の諮問委員・アドバイザーの経験も豊富。
森久 泰二郎
株式会社リコー 未来デザインセンター TRIBUS推進室 TRIBUSスタジオ館長/事業創造プロデューサー
新規事業創出の「壁」は人材にある
――まずは角さんのキャリアと、現在取り組まれている事業について教えてください。
角:私は大阪市の職員として20年勤めた後、2015年に起業しました。現在の事業の軸は、新規事業創出のサポートと、それを担える人材の育成です。
株式会社フィラメント 代表取締役CEO 角 勝氏
企業で新規事業の創出を担当されていて私に相談してくださる方の多くは、「うちの社員は真面目で」とおっしゃいます。真面目というのは、本来とてもよいことです。では何が問題なのか?新規事業を立ち上げるにはアイデアを出して、それを大きくしていく必要がありますよね。その過程で必ず壁に直面するわけです。それをどう乗り越えるか、あるいは迂回するのか。解決策を生み出すためには柔軟な考え方が必要になります。「真面目」という言葉の背景にはそういった柔軟な考え方を自分で生み出す力がないという課題を指しているのです。これが、新規事業の創出をサポートするためには人材育成の観点が欠かせないと思った理由です。
ではなぜそういった状況が生まれたのか?これは日本企業全体の課題だと考えていますが、多くの会社で仕組みやルールが「整い過ぎている」んですよね。仕事をどう進めていって、どこでお金をいただくのかということが、すべて決まっていて、社員はそれに従うという構図になっています。
さらに、小学校から中学校、高校へと進んでいくなかで、学校が変わると自ずと環境が大きく変化しますよね。ですが社会人になると、転職などをしない限り、それに匹敵する大きな変化は起こりません。そのため、規範やルールが自分の中に内面化し、それに従う人が出来上がっていく。こうした人たちが「真面目な社員」と呼ばれるのです。「真面目な社員」は、基本的には新しいことに興味を持ちにくくなり、外部環境の変化にも疎くなる傾向があります。これは彼らが悪いのではなく、環境がつくり出した結果です。そんな環境下では新規事業の創出や企業の変革への必要性を感じるのは極めて少数派になります。その少数派を支援していかなければ、日本企業は変わらない。事業を進めるなかでこういった課題を実感しています。
――公務員を経て起業されましたが、どのように新規事業創出のノウハウを育まれたんでしょうか?
角:実は私が大阪市役所にいた頃、人材開発の部門が「職員提案制度」という名称で職員から新しいアイデアを募集していたんです。新しいビジネスというよりも、今ある業務の改善方法を募る制度だったのですが、私は当時問題になっていた生活保護を見直すようなアイデアを提案しました。実現可能性の高い提案にするには、ひとつのアイデアを成立させるために、その過程にある不具合を解決する策も必要で、結果としてアイデアの集合体のようなものをつくる必要があると気づいたんです。
自分で言うのもなんですが、私はおそらくこのアイデアを結集させて障壁をなくしていくような、滑らかにしていく作業が得意なのだと思います。なぜかというと、それこそが行政の仕事だからです。結果的に、市長をはじめとする大勢の幹部職員の前でプレゼンしたこのアイデアは表彰され、総務局長からは「市長がこれやれって言ってる。これから動いてもらうよ」と言っていただきました。政治的な事情で最終的には実現に至らなかったですが、その後、市長が橋下徹さんに代わってからも職員提案制度に応募し、当時テーマになっていた「違法駐輪」でも提案を表彰していただきました。
角さんが当時考案されたアイデアについては、こちらで詳しく紹介されています。ご関心のある方は、あわせてご覧ください。
https://thefilament.jp/insight-blog/6856
森久:すごいですね。TRIBUSでは最初から完成度は求めていないので、フックになるようなアイデアが多いです。でも、それでいいんです。TRIBUSでは採択された後に実現性を高めるための試行錯誤をしてもらうので、角さんがお一人でされたようなことに複数人で取り組んで、頭に汗をかいてもらうような体験をしてもらっています。
株式会社リコー 未来デザインセンター TRIBUS推進室 森久 泰二郎
角:そうですよね。当時の私は自分の能力を試したいという気持ちがあったので、あえて完成度を自分で高めていったという節もあります。ただ、それでも実際にやってみると全く想定していなかった穴を指摘されることもあるし、結果的に最初とは全く違う方向になることもあり、私はそのたびに燃えます(笑)。
森久:そのレジリエンスが角さんの強さですよね。実は、そういう穴を指摘された時にがっくりしてしまう人も多いんです。仮説が崩れた時に、自分にはセンスないんじゃないかとか、なぜ気づけなかったんだろうと自信をなくす人もいます。
角:なるほど。でもその穴を見つけて指摘してもらうのも大きな学びの一つなんですけどね。さらに言うと、そういう指摘を素直に受け止められる謙虚さも大切だし、指摘でめげないレジリエンスも大切ですよね。それは新規事業かどうかだけでなく人生にとって大切。僕たち支援者の視点でいうと素直に受け入れてもらえるような言い方だったり、本人がめげないような言い方で伝えることも大切ですね。
「イケてる」社内ビジコンの共通点
――そんな角さんが主催された「ビジコンAWARDS」。そのコンセプトと背景について教えてください。
角:私は社内ビジコンには典型的なライフサイクルがあると考えています。初年度は経営層も盛り上がり、応募数も多い。でも年を重ねるごとに減っていき、やがて停滞する。途中でテコ入れして持ち直しても、最初の熱量には戻らず、最終的には安定か停滞に落ち着くんです。これは経験した人でないと実感しにくい現象かもしれません。
例えば最初の1〜2年は「お祭り」ムードで、経営層も勢いでゴーサインを出します。ところが制度的な整備が追いつかず、アイデアが採用された社員は「単に仕事が倍に増えただけ」と感じて疲弊する。周囲の社員もその様子を見てネガティブな印象を受けるので、応募が減っていく。3年目には担当者が交代し、「テコ入れ」が始まる。予算や制度が整い、再び盛り上がるものの、やがて安定か停滞へ向かう――これが私が見てきた典型的な流れです。
森久:確かに、その流れは多くの事務局が経験していると思います。
角:この流れをどうにかしたい。そこで重要なのが「事務局」の存在です。運営に関わる人たちを集めることで、次に何が起きるのか、他社がどんな「テコ入れ」をしたのか、そうした情報を共有できるのではと考えました。
例えば私がよくお話するのは、社内で「イケてる人」に出てもらう仕組みをつくることの重要性です。単純に参加人数を増やそうとすると、比較的仕事に余裕のある人が集まりがちです。仕事で評価される、いわゆる「ハイポテンシャル人材」は日常の業務で忙しいわけですから、意図的にアプローチしなければ参加しません。逆に、このハイポテンシャル人材が挑戦するようなビジコンは、社内全体の空気も変えていきます。
TRIBUSでは毎年運営内容の30%を変更していくということをプレゼンで伺いました。ベストプラクティスはなく、常に内省しながらあり方を変えるという仕組みこそが、常にチャレンジングな人材を巻き込めるんじゃないかと思いました。
森久:ありがとうございます。TRIBUSは「生き物」であると考えていて、勢いを保つためには毎年変化させる必要があると思っています。ただ、すべてを変えてしまうと運営の負荷が高くなりすぎてしまうので、3割程度を意識的に変えています。プログラムの仕組みだったり、支援の仕方だったり、立て付けだったり。
極端な例では、前年に採択されたチームと翌年のチームでは、評価されたポイントがまったく異なることもあります。応募者の層も変わるし、アイデアの種類も変わる。それに伴って支援の方法も変化していきます。新しい打ち手を考え続けることが自然になっています。
――TRIBUSが最優秀プログラムに選ばれたことを、森久さんはどう受け止めましたか。
森久:正直驚きましたが、素直に嬉しかったですね。TRIBUSが5年目を迎える頃から、自分たちのアイデアだけで運営する難しさを感じていて、他社の取り組みを学びたい意図もあって、自己開示の意味で情報を発信してきたんです。そうした背景から、同じような考えを持つこのアワードに応募したので、最優秀賞を獲ることを目的にしていたわけではありませんでした。ただ、7年間の取り組みを客観的に評価していただけたというのは純粋に嬉しいです。もちろん、いただいたトロフィーは社内でしっかり自慢してまわりました(笑)。
社内ビジコンと経営課題
――アワードを通じてどのような発見や交流がありましたか。
森久:最優秀賞を決めるイベントの当日はファイナリストとして登壇された方々と終日行動を共にしていたので、いろんな悩みを共有しましたね。やはり皆さんそれぞれに試行錯誤されているので、共有する情報も深く、とても印象に残っています。
角:例えばNHKエンタープライズさんが、「文化醸成」を社内ビジコンの目的にしていると明言していたのが印象的でしたよね。審査員として入っていただいた入山先生も、その振り切り方を高く評価されていたことを覚えています。
森久:社内ビジコンを「何のためにやるのか」というのは、折に触れて議論の的になりますよね。「人材育成」「事業創出」「組織風土の変革」の3つがよく挙げられますが、私たちは事業創出を目的にしています。ただし、副次的に他の2つにも良い影響が出ていると捉えています。
角:この目的は、自分たちの会社が今どのフェーズにいるのかが見えていないと的確に設定できないんですよね。社内ビジコンの目的を明確に語れるということは、自社の状態やポジションを客観的かつ高い解像度で理解できていることのあらわれだと思います。
そうした観点から見ても、リコーさんには既にチャレンジングな風土があると感じました。TRIBUSという活動が長年続いているということは、これが社内的に認められていて、必要だと思われている環境にあるということです。それから経営層がコミットしているのもかなり大きいですよね。チャレンジしなければいけないという危機感と、チャレンジすることが「かっこいい」ことだとされている雰囲気を感じます。つまり組織風土は出来上がっている。だからこそ、TRIBUSの目的は「事業創出」にあると森久さんは言い切れるのだろうと思います。
――社内ビジコンは経営課題とも連動しているんですね。最後に、お二人の展望についてお聞かせください。
角:やはりビジネス創出ができる人材の育成が日本企業にとっては必要だと思っています。そのためには、既存事業に最適化される形でつくられてきたカルチャーをアップデートする必要があると考えていて、そこに私は今一番興味を持っています。組織のどこにあるボタンを押すと全体が動いて変化していくのか、もっと知りたいと思いますし、それを世の中に還元していきたいとも考えています。
それから、「ビジコンAWARDS」は来年も開催します。継続した取り組みにすることで、社内ビジコンの運営ノウハウを交換し、各社で事業創出ができる人材が育まれる循環が生まれることを願っています。
森久:TRIBUSはおかげさまで7年目を迎えることができました。もちろんTRIBUSから事業がどんどん生まれて、それらが成長してほしいという気持ちはありますが、TRIBUSを経由しないとリコーでは新規事業ができないという状態にはするつもりはありませんし、そうなってはいけないと思っています。TRIBUSに関わって新規事業を立ち上げる経験を積んだ社員が部署に戻って、そこで事業を生んでほしいし、既存事業も磨いていってほしい。事業のためにTRIBUSを使い倒す、そんな存在になっていけたらと思っています。
PHOTOGRAPHS BY YUKA IKENOYA (YUKAI) TEXT BY MARIE SUZUKI
<参考>
TRIBUSが、企業内ビジネスを支える運営事務局の祭典「ビジコンAWARDS 2025」にて最優秀賞を受賞しました。
https://accelerator.ricoh/2025/06/11/bizconawards2025-grandprize