【Challenger’s Interview】合言葉は「“聴く”歓び」を「“はたらく”歓び」に。傾聴力で日本に、はたらく歓びを届けたい

スローガンは、「“聴く”歓び」を「“はたらく”歓び」に。傾聴力によって日本をはたらく歓びで満たし、1on1ミーティングを進化させる「傾聴による伴走サポート」の提供を目指す社内起業家チームがいる。統合型アクセラレータープログラム「TRIBUS2024」の統合ピッチコンテスト通過後の4ヶ月間、どんな取り組みを行ってきたのか。本業とTRIBUSの活動をどのように両立してきたのだろうか。2025年2月7日(金)に開催される成果発表会「Investors Day」を目前に、同チームを率いるリコージャパン株式会社の松山良幸さんをはじめ、チームメンバーの中川千恵さん、新井陽子さんに話を伺った。
松山良幸
リコージャパン株式会社 PP事業部 広域営業課 販売促進グループ
中川千恵
リコージャパン株式会社 デジタルサービス営業本部 新潟営業部 新潟LA1グループ アシスタントマネージャー
新井陽子
株式会社リコー デジタル戦略部 プロセス・IT・データ統括 ワークフロー革新センター プロセスDX推進室 アナリティクスグループ
――TRIBUS2024に応募したきっかけを教えてください。
松山 TRIBUSには、ちょうど2年前に、社外スタートアップ企業の伴走役であるカタリストとして参加したことがありました。今回、自身のアイデアでTRIBUSに挑戦してみたいと思ったきっかけは、入社3年目の女性社員と話していた時に聞いた「はたらく歓びを感じたことがない」というひと言でした。この言葉を受けて、愛するリコーのために、リコーではたらく歓びを最大化したいという想いが私の中に芽生えました。このように感じた背景には、40年前に入社して以来、働き続けてきたリコーへの思い入れが、人一倍強かったからだと自負しています。

はたらく歓びを最大化するために着目したのが、「傾聴力」でした。傾聴というと、文字通り、相手の話にじっくり耳を傾けるというイメージが強いかもしれません。しかし、私たちが意味する傾聴力は、それとは一線を画するもので、「アクティブリスニング」という、アメリカの臨床心理学者カール・ロジャーズが提唱したカウンセリングやコーチング技法の一つです。
このコミュニケーションスキルを用いる聴き手は、話し手の発言を肯定したり否定したりしません。その代わり、なぜそのように考えるようになったのかという背景について関心を持って聴きながら、必要に応じて、質問をしたり、言葉を添えたりすることで、共感的理解を示します。この流れで対話を繰り返すことで、話し手が自分の思考を整理し、納得のいく結論や判断にたどり着けるよう促すことが可能になります。言い換えれば、傾聴すること自体が、話し手の自己理解を深める内省プロセスになるわけです。その中で、やりがいやはたらく意義といった気づきを得ることで、結果的に、話し手のエンゲージメント向上につなげていくことができます。
この傾聴力を用いて、1on1ミーティングを進化させる「傾聴による伴走サポート」を提供したいと考え、2年前に「LCA※」の中でチームを立ち上げ、本業と並行して活動を続けてきました。掲げたスローガンは、『「“聴く”歓び」を「“はたらく”歓び」に』です。社内掲示板で情報発信を行っていたところ、新井さんと中川さんがチームに参画してくれることになりました。その後、傾聴力を活かしたサービスを社内で試験的に実施した際、大きな手応えを感じたことから、事業化を目指しTRIBUS 2024に応募しました。

――統合ピッチ通過後の4ヶ月間はどんな取り組みを行いましたか?
松山 統合ピッチで審査員の方にいただいたフィードバックを基に、まずは事業の方向性を見直しました。当初は1on1やエンゲージメントサーベイ、キャリア面談などを行ってはいるものの、「社員の離職が絶えない」「エンゲージメントが上がらない」といった課題を抱える社外の大企業や中小企業の方々に対し、キャリアカウンセラーの資格を持つ私たちが傾聴を行い、課題解決につなげていくというビジネスモデルを描いていました。しかし、この場合、いわゆる労働集約型のサービスとなってしまうため、「拡大するには人員増が必要で、利益を伸ばしにくいのではないか」というご意見を審査員の方からいただきました。
全くご指摘の通りで、方向性そのものを再検討しなければならないと思っていた矢先、統合ピッチの当日に、社外スタートアップ企業の方との出会いがありました。ピッチ登壇者の一人で、AIを活用した傾聴支援ツールを開発されている方でした。残念ながら、この方はアクセラプログラムには採択されなかったのですが、目指す世界が私たちと完全に一致していたことから、支援をお願いしてみたところ、ご快諾いただくことができました。

――統合ピッチでの出会いをきっかけに、新たな展開へと向かったのですね。
松山 おっしゃる通りです。色々と検討を重ねた結果、その方にご協力いただきながら、AIを活用した独自の傾聴支援ソフトを開発する方向へ舵を切ることになりました。具体的には、近年、カナダで開発された傾聴メソッドに、私たちが編み出したオリジナルのノウハウを融合させて、内省を促す質問をAIで生成する仕組みを構築しています。
数社でPoC(概念実証)を進める中、この傾聴支援ソフトを利用した方々の内省が深まり、エンゲージメントスコアが上がることが証明されました。現在はお客様の声を取り入れながら要件を詰め、必要な機能を追加している状況です。開発の第一段階が完了した今、人間が行う傾聴と完全に置き換えられるほど精度の高いものになりつつあります。
「上司の部下に対する傾聴力を高めたい」、「社員それぞれの内省を深めて、エンゲージメントを向上させたい」といった企業ごとのご要望はさまざまですが、ありがたいことに、PoCにご協力くださった企業のうち2社からは、「ぜひこのソフトを導入したい」との声をいただいています。TRIBUSに応募した当初は想像もしなかった展開ですが、社内のみならず、日本を傾聴力によって「はたらく歓び」で満たしたいという想いで、チーム一丸となって力を注いでいます。
――プログラム期間で印象的だったサポートはありますか?
新井 社外メンターの存在は非常に心強かったです。数多くの新規事業の立ち上げに携わった経験豊富な方が伴走してくださったおかげで、あれこれ悩んで立ち止まることなく、常に前を見て進むことができました。2週間に1度のミーティングでは、私たちの話に真摯に耳を傾け、事業への想いや価値など、あいまいになりがちな情報を整理し、言語化してくださいました。「教える」のではなく、私たち自身が気づき、考えを固めていけるよう促していただいたことで、多くの学びを得ることができました。また、お客様から「すごくいいですね」「非常に良かったです」といったお声をいただくとうれしいものですが、それを受けて終わりではなく、フィードバックを具体的に掘り下げることで、次の改善に活かす重要性も学びました。

――――本業と両立しながら、TRIBUSにチャレンジすることの難しさや良さについて教えてください。
中川 リコーグループには、勤務時間の20%以内で、社内でやってみたい仕事やテーマ、活動にチャレンジできる社内副業制度があります。私もこの時間を活用してTRIBUSの活動を行ってきました。ただ、本業があってこその副業です。本業で成果を出せなければ、副業を続ける意味はありません。そこで、常に本業での成果を意識し、スケジュールやタスク管理を徹底することを心がけてきました。本業で成果を出していれば、上司や周囲の方々にも認めてもらえますし、堂々とTRIBUSの活動に取り組むことができます。限られた時間の中で両立の難しさを感じることもありますが、それがむしろ励みにもなっています。

新井 私も中川さんと同じで、本業との両立において時間管理には苦心しましたが、そのおかげで仕事が早くなるというメリットがあることも実感しています。「今日はこれだけしか時間がない」となると、その限られた時間内で集中して取り組むことで鍛えられますし、鍛えれば鍛えるほど、より早く仕事をこなせるようになってきます。
また、本業とTRIBUSの2つを同時に進める中で、相乗効果も感じています。例えば、本業で行き詰まった際に立ち止まるのではなく、一旦TRIBUSの作業を行うことで頭を切り替えて、一段落したら本業に戻ってくると、ある意味で気分転換になり、数時間前には思いつかなかったようなアイデアが浮かぶことがよくあります。それが突破口となり、仕事がスムーズに進むこともあります。
――――社内起業挑戦者として、TRIBUSにエントリーしたい方へのアドバイスがあればお願いします。
中川 「自分のビジネスアイデアでチャレンジしてみたいけれど、難しいかもしれない…」と不安を感じることもあるかもしれませんが、夢をかなえるには飛び込む勇気が大事です。私も、松山さんの事業プランに深く共感して、「とにかくやってみたい」という思いで飛び込みました。どんなことが待ち受けているのか全く想像もつきませんでしたが、チャレンジしたい気持ちが不安を上回りました。そして今、一歩を踏み出してみて良かったと心から思います。リコーグループの技術やノウハウなどのアセットをふんだんに活用しながら、周りの方々にも手厚くフォローしていただきました。TRIBUSへの参加は、リコーという企業の奥深さ、素晴らしさを体感できる絶好の機会なので、ぜひチャレンジしていただきたいなと思います。

新井 「1回目は書類審査で落ちたけれど、2回目は少し視点を変えて応募してみたら、統合ピッチを通過した。3回目はInvestors Dayまで進むことができた」というように、繰り返し応募する中で少しずつステージアップしていった方たちが、私の周りにいます。1度で結果が出なかったとしても、それは失敗ではないですし、挑戦したいという気持ちがあるかぎり、何度でも挑戦できるのがTRIBUSの魅力の一つだと思います。「自分はこのビジネスアイデアを実現したいんだ」という想いを大切に、あきらめずにチャレンジしてくださいというメッセージを送らせていただきます。
社内起業挑戦者として、一つアドバイスできることがあるとしたら、「TRIBUSの活動が本業に与えるメリットを、自分の中で言語化しておくこと」でしょうか。事前に準備しておくことで、同僚など周りの人に対して自信をもって伝えることができますし、自分の中でもうまく整理ができるのではないかと思います。
松山 新井さんの話にもあったように、2回、3回とTRIBUSにチャレンジし続ける人たちを私も見てきました。そこまで情熱を持ち続けられることに心を打たれますが、裏を返せば、本当にやりたいことを見つけているからこそ情熱を持ち続けられるのだと思います。そういった意味でも、とにかく自分がやりたいことを見つけて、それをテーマにして取り組むことが大切だと思います。儲かりそうだからとか、リコーの事業として向いているとか、そういったことを考えるよりも、心からやりたいテーマでチャレンジしてこそ、自分自身にとって意義ある経験になると思います。
PHOTOGRAPHS BY TADA (YUKAI) TEXT BY YURIKO KISHI