【山下会長×Leaders】“卒業”間近の社内起業家1期生が山下会長と語り合う「TRIBUSのこれまでとこれから」

2024年3月、「TRIBUS 2019」で採択された社内起業家5チームが、TRIBUSとしての活動を終え、それぞれのネクスト・ステージに進むことが決定した。記念すべき1期生として卒業を迎える前に、チームリーダーたちは海老名のRICOH Future Houseに集結。コロナ禍に行われた前回のトークセッションから実に3年ぶりに全員が顔を合わせた。山下良則会長を囲んで、新規事業の立ち上げと事業化にチャレンジしてきたこれまでのことを振り返りつつ、TRIBUS卒業後の展望や夢について語り合っていただいた。


山下良則
株式会社リコー 代表取締役・会長

綿石早希
RANGORIEチーム。インド柄のアクティブウェアの製造販売を通し、女性のエンパワーメント、インドの農村部に住む女性の雇用創出を目指す。

野村敏宏・林達之
StareReapチーム。産業印刷技術からスピンアウトした特殊な2.5D印刷で、アートブランドの構築を目指す。

前鼻毅
RxRチーム。VRが一般化した社会での快適で便利な働き方実現を目指す。ソリューションの開発というよりも哲学の創出に近い

斎藤啓
WEeeT-CAMチーム。3Dプリント技術を活用し、途上国におけるピコ水力発電事業の開発に取り組む。LIFE PARTSブランドとして、3Dプリンターの材料販売等複数の事業を展開。

高橋朋子
IMAGE PointerRチーム。手持ちで使える小型プロジェクター RICOH Image Pointer GP01を開発し、販売を行う。






それぞれの思い、それぞれの到達点

――改めて、それぞれのプロジェクトの概要と現在の活動状況を教えてください。

前鼻 VR上で任意の空間を再現し、VRヘッドセットを使って一堂に会することが可能なソリューション『RICOH Virtual Workplace』を開発し、お客様向けに提供しています。当初は、異なる場所にいても同じ空間で働くことができる新しい働き方の実現を目指していましたが、検証を重ねる中、特に建設業界での活用が見込めることが分かり、有償実証実験を行うなどして、安定的な事業化に向けて活動してきました。現在は、事業拡大に向けてリコーデジタルサービスBUに移管し、活動を続けています。

山下 私もVRヘッドセットを付けて、新潟県で行われた建設会社の実証実験に参加させてもらいましたが、非常に面白かったですね。河川の川底の様子を、現地にいる方たちと一緒にVR上で見ることができました。アイデアも斬新だったけど、裸足でピッチに登壇した前鼻君のインパクトは強烈でしたね(笑)。


株式会社リコー 代表取締役・会長 山下良則

斎藤 私たちは、『LIFE PARTS』という3Dプリンターを活用したピコ水力発電のレンタルサービスを開発・提供しています。活動期間が決められている中で、技術開発に注力するだけでなく、ビジネスとしてもしっかり展開させていくべきだと、周囲の方々から期待を込めたアドバイスをいただきました。考えた末、ピコ水力発電による脱炭素化を実行に移していくきっかけを作りだすワークショップを開催することにしました。ありがたいことに、全国各地からお声掛けいただくようになり、現在はワークショップと共に、地方創生を絡めたイベントも開催しています。JICAの2020年度第二回『中小企業・SDGsビジネス支援事業』に採択され、当初考えていた新興国の社会課題解決にも取り組んでいるところです。


山下 2019年のピッチでは、3Dプリンター技術の力でフィリピンの水問題に取り組みたいと話していたことが印象的でしたね。そこから材料の販売やワークショップ、さらにはSDGsの目標達成につながる事業も展開していて、アイデアを実現する実行力に感心しています。


WEEET-CAMチーム 斎藤啓

綿石 私たちは、インドの農村部の女性に仕事をつくることをミッションに掲げるアパレルブランド『RANGORIE(ランゴリー)』を立ち上げました。生産体制を整えるために、インドの女性たちと手を携えて工房を作りながら、現地でのテスト販売を行っていました。そんな折、コロナの影響でインドでの販売が困難になったため、日本での販売にシフトすることを決めました。国内のお客様から好評をいただき、上り調子ではあったのですが、今後の事業拡大を踏まえて検討した結果、このブランドにかけた想いを共にし、インドを含む海外でブランドを展開しているパートナー企業にブランド譲渡することを決めました。


山下 TRIBUSの1期目から外部審査員を務めてくださっている方たちから、『その後RANGORIEはどうなりました?』とお会いするたびに聞かれていました。さぁこれからだ、という時に、コロナの影響を受けて現地に行けなくなって、色々大変だったと思います。でも、顧客ターゲットをインドから日本に移した後も、直販チャネルだけでなく、スポーツショップやヨガスタジオでの委託販売といった新たなチャネルを開拓し、置かれた状況でできることに精一杯取り組みましたね。


RANGORIEチーム 綿石早希

綿石 多くのお客様に愛していただけるブランドの礎を築くことができたと自負しています。最近では、工房の立ち上げに協力してくださったインドのNGO団体との連携のもと、私たちが築き上げたスキームを活用した新しい工房が現地で生まれています。女性の雇用の増加につながっていることをとても嬉しく思っています。

野村 我々は、アートが大好きなメンバー4人のチームです。リコー独自のインクジェット技術を使って、現代アートの世界で新しい価値を創造することを目指して活動してきました。2021年には、東京・銀座4丁目交差点に面した三愛ドリームセンター内にRICOH ART GALLERYを開廊し、国内外のさまざまな著名アーティストとのコラボレーションを行いました。2022年には、『令和4年度文化庁長官表彰』にも選出され、高評価をいただきましたが、今後の事業環境を踏まえて検討した結果、撤退することとなり、今はその手続きを進めている状況です。


StareReapチーム 野村敏宏

山下 日本は、フランスなどのようにはアートが文化として根付いていないので、それに関連したビジネスで価値創造を追求するのは少し無理があるのではないかという見方がある一方、リコーの技術で現代アートに新しい息を吹き込みたいという彼らの想いに共感しました。コラボレーションした1人目のアーティストの方の作品が、2日間で3000万円の売り上げを達成した時は、こんな世界があるんだ!と、大変驚いたことを今でも覚えています。


IMAGE Pointerチーム 高橋朋子

高橋 私たちは、コミュニケーションをもっと豊かにしたいという想いのもと、映像をその場で共有できるポケットサイズのプロジェクター『RICOH Image Pointer』を開発しました。チームメンバー全員が設計者なので、ビジネスのことは誰も分かりません。まずはプロダクトを知っていただき、コンセプトを受け入れていただけるかどうかを確認しようと思い、リコー初のクラウドファンディングを実施したところ、開始後4日で、目標額をはるかに上回り、最終的に3千万円以上の支援を獲得することができました。一番良かったのは、ユーザーの方々と直接お会いして評価をいただけたことです。現在は、リコージャパンの業種業務パッケージ『スクラムパッケージ』にも入れていただいています。

山下 アイデアは素晴らしいけど、ハードウェアだけでは厳しいだろうと思っていたら、このチームは実に粘り強かった。クラウドファンディングで成功した時は本当に驚きましたね。僕も、クラウドファンディングをやってみようかなと思いましたもん(笑)。でも、製品として世に出す以上は、当然ながら品質保証もしなくちゃいけないし、販売準備もしなければならないなど色々と苦労しましたよね。お客様に製品を届けるまでに1年ぐらいかかりましたが、安定した販売台数を維持するなど一生懸命頑張ってやり遂げてくれました。


RXRチーム 前鼻毅


TRIBUSで生まれた絆

――TRIBUSとしての活動期間中、1期生同士でどのような交流や刺激がありましたか?心に残るエピソードがあれば教えてください。

前鼻 斎藤さんが声を掛けてくれたことがきっかけで、アメリカのテキサス州オースティンで開催されたテクノロジーの祭典『SXSW2022(サウス・バイ・サウスウエスト)』に参加しました。斎藤さんのチーム、2020年度にTRIBUSで採択された灰谷さんのチーム、そして私たちの計3チームで一緒に出展できたことは、とてもいい思い出です。

斎藤 山下会長にもご指摘いただいた通り、他のチームに比べると、前鼻さんと私のチームはテーマが地味だったこともあり、予算がつきづらい時がありました。何とかして盛り上げていきたいと考えた末、SXSWに出展してみることを提案しました。コロナの影響もあって、大変な思いもみんなで一緒に乗り越えた時期でしたね。

綿石 斎藤さんたちが各地を飛び回り、現場での活動に打ち込む姿を垣間見て、いい意味でのプレッシャーをもらっていました。行きたくてもインドにはすぐに行けない状況だったので、現場に行きたい気持ちが募りましたね。



野村 私は途中からTRIBUS推進室のマネージャーとして、皆さんのサポート役に回ることになりました。自律的に考えて行動できる方たちばかりですので、その点は安心していましたが、その一方で、会社が期待することなどとのバランスをうまく取りながら、各自がやりたいことをどんな風に支援すればいいのかと、日々悩みながら取り組んでいました。

前鼻 高橋さんのチームと同様、私たちも技術者が中心のチームですので、営業に精通した野村さんには、たくさんアドバイスをいただき大変助かりました 。

斎藤 TRIBUSに参加して実感したのは、それぞれがやりたいことをどうすれば実現できるかを一緒に考え、関わる方たちがサポートしてくださるプログラムであることです。この取り組みが広がっていけば、もっと新しいアイデアが生まれてくるでしょうし、カタリストのような発展性も出てくると思うので、会社の文化として根付いていくといいなと思います。





――ところで、最近注目しているスタートアップはありますか?

野村 TRIBUS推進室の立場として関心があるのは、大手企業から生まれたスタートアップです。自社のアセットをうまく活用してスタートアップを作るという意味では、学研さんのGakken LEAPは一つの成功事例だと思います。また、大手企業同士のJVにも注目しています。

斎藤 私がシンパシーを感じているのは、最近、ベンチャーキャピタル投資を始めた東京大学発ベンチャーのユーグレナさんです。毎年赤字決算ながら複数の事業を展開し、さらには自社と共通するテーマに取り組む企業には進んでユーグレナ社自身で投資するという感じで進められているようです。私たちも、複数の事業の中からVCの投資を受けられるような事業を作っていきたいです。

前鼻 ベンチャーとはもう呼べないと思いますが、私は衛星通信サービスを提供するスターリンクに注目しています。戦争や地震などの災害時にも活用できたり、山奥の工事現場などでもインターネットやアプリケーションが使えるようになったりと、人々の生活においてできることが格段に増えたという意味でも、世の中に大きな影響を与えていると思います。



これからのTRIBUSに必要なのは、ワンランク上の自由度

――TRIBUS卒業後の展望と、これからTRIBUSにチャレンジしたい人へのメッセージをお願いします。

高橋 RICOH Image Pointerの開発完了に伴い、自身を含むチームメンバーは社内の各事業部に戻りますが、現行商品は販売を継続していきます。今後は、TRIBUS推進室のお仕事にも携わらせていただくことになりました。TRIBUS期間中に学んだことを活かして、私のように設計に携わる方やものづくりに関わる方たちが、自分のアイデアを事業化するためのサポートに尽力していきたいと思っています。

斎藤 ものづくりに携わる人たちがビジネスにもう少し目を向けると、解決できる社会課題はたくさんあると思います。ただし、活動を続けていくためには、技術だけに着目するのではなく、ビジネスの視点を持つことがとても大事。これは、私がTRIBUSで学ばせていただいた一番の学びです。これからも努力を重ねて、技術とビジネスの両輪を発展させていけるような人材になっていきたいです。TRIBUSは、本などから得る知識ではなく、身をもって経験することで大きく成長することができるプログラムだと思います。勇気をもってぜひチャレンジしてみてください。



StareReapチーム 林達之

 TRIBUSの活動の中で学んだのは、事業創発の初期から価値を生むことだけに満足せず、それを継続するためにはどうすればいいかを考えることの大切さです。これからも、その意識を持って活動を続けていきたいです。新規事業は、始めることよりも終わらせることの方が大変だったりしますが、応募する段階でそこに怯える必要はないと思います。うまく進めていくためにも、自分たちの強みや外部環境要因、社内事業の環境変化などの分析を早い段階からしておくことをおすすめします。

綿石 2019年にTRIBUSに応募した時から、『一人ひとりが可能性を最大限発揮できる社会をつくる』というビジョンを掲げて活動してきました。その思いを胸に、現在は昨年度リコーグループに参入したPFUの人事部でDE&I(Diversity, Equity & Inclusion)を推進しています。社内で成功事例を作り、ゆくゆくは社会にインパクトを与えていけるような活動ができたらいいなと思っています。大変で苦しい時もありましたが、TRIBUSに参加して良かったと心から思います。事業を進める中で、色々な方に助けていただいたり、素晴らしいチームの活動に触れられたり、自分が成長したことを実感しています。“あの人たち、なんだか楽しそうなことやっているみたいだなぁ”と思うなら、その中に飛び込んでみてください。やらない後悔より、やる後悔の方がいいと思います。





前鼻 今後は、事業をスケールするための戦略を練ると同時に、販売する際のハードルをいかに下げるかということにも取り組んでいく予定です。TRIBUSは私にとって非常にありがたいチャンスでした。自分のアイデアをもとに新規事業を立ち上げるという挑戦にのぞめるできる機会は、そう滅多にないと思います。TRIBUSは、自分が興味や関心のあること、自分の人生にとって意味があることに対して、一歩踏み出すきっかけになりますし、そのタイミングが早ければ早いほど、人生のチャンスは広がると思います。

野村 TRIBUS推進室のマネージャーになってから、人づくり、文化づくり、事業づくりの3つを大切に活動してきました。1期生がTRIBUSとしての活動を終えて卒業し、ネクスト・ステージへと向かうことで、ひとつの形ができます。それが、次の人づくりにつながっていくと思いますし、新たなイノベーションの創出にチャレンジする文化も、社内で少しずつ伝播し始めているので、今後は、より事業づくりの支援に注力していきたいです。実は昨日、『Investors Day2023』が開催されたのですが、私は落選したメンバーに優先的に声を掛けていました。採択される喜びだけでなく、悔しさも挑戦する人にしか味わえない気持ちなんだよ、と。皆さんも恐れずに一歩踏み出してみてください。楽しめる環境だと思うので、ぜひ挑戦していただきたいと思います。





――最後に、TRIBUSに期待することやこれからの挑戦者たちへメッセージをお願いします。

山下 TRIBUSをスタートした頃は、プログラムそのものを育てる必要性を感じていましたが、5期目を迎えた今では、我々が育てなくても、どんどん成長していることを実感しています。ここまで来ると、会社というものは制度を作ろうとしたり、ルールを充実させようとしたりするけれど、そうなると大切な意味がなくなってのですよね。あくまで、有志が新しい事業の創造に挑戦する場だから、ワンランク上の自由度を持たせた方がいいのではないかと思っています。これから1期生のみんなは、それぞれのネクスト・ステージに進んでいくわけだけれど、今日こうやって集まって話をして、人としても大きく成長したことを実感しました。3月に開催する卒業式では、成功談はもちろんのこと、失敗談も語って、TRIBUSで得たかけがえのない経験や知見をリコーの社員にぜひ共有してください。成功した方がいいのはもちろんだけれど、失敗した姿もしっかりとみんなに見せることが大事だと思います。次の目標や夢も、思う存分語って欲しいですね。そうすることで、新しいチャレンジャーやカタリストが生まれることにつながると思うので。社員一人ひとりが仕事を楽しみ、生き生きと仕事をする会社にしたい。そのためには、社員が元気でモチベーションを高く保てる環境が必要。それを作るのは経営者の仕事。今日は、自分のミッションも改めて確認できた貴重な時間でした。みんな、どうもありがとう!



今回の座談会は海老名にあるTRIBUSスタジオで開催。併設のウェルビーイング空間ではヨガやピラティス教室などを開催している。自然光が降り注ぐ心地よい場所。


PHOTOGRAPHS BY  UKYO KOREEDA
TEXT BY Yuriko Kishi



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