【Challenger’s Interview】実現したい未来に向け、OneTeamで挑む。TRIBUSを通じて確立した「顧問助産師」の社会的価値

近年、多くの企業で、従業員の健康に配慮し生産性の向上を目指す「健康経営」への認知が高まりつつある。しかし、経営層のリテラシー向上や社内のカルチャーチェンジが必要であることから、まだまだ完全には普及しているとは言い難いのも事実だ。TRIBUS 2020で採択された「With Midwife(ウィズミッドワイフ)」は、そこに一石を投じるスタートアップ企業。助産師のネットワークを形成し、企業の「顧問助産師」として、働く人々の健康を育児や出産、メンタルヘルスなどのさまざまな側面からサポートしている。TRIBUS 2020のプログラム中には、サービスのヒアリングと実証実験を実施し、男女問わずより多くの働く人をサポートするサービスへ進化を遂げた。加速度的に成長するWith Midwife代表の岸畑聖月氏と、プログラムに併走したカタリストの稲井麻貴に、TRIBUS2020での半年間を振り返ってもらった。


株式会社With Midwife 代表取締役 岸畑聖月氏
株式会社リコー リコーインダストリアルソリューションズビジネスユニット 人事部 稲井麻貴


従業員、企業、助産師の三方良しを実現する

ーーまず岸畑さんにお伺いしたいのですが、改めてサービスを始めた経緯について教えてください。

岸畑:私は助産師として、今も病院で勤務をしています。そこで、日帰りで流産や中絶の処置を行なって帰られる方や、産後サポートが少なく不安を抱えながら退院される方と接する中で、もっとその方の近くで継続的に寄り添ったケアがしたいと考えるようになりました。中にはずっと不正出血で悩んでいたのに、誰にも相談できず、来院された時にはガンが進行していたというケースもあります。どうしてもっと早く誰かに相談できなかったのか。不妊治療の方でも、もっと早く取り組めていれば、改善の機会があったのにと思うケースがありました。

助産師というのは、昔は『産婆さん』と呼ばれ、地域で活動し、女性や家族の悩みに応える存在でした。しかし、現在その約9割は病院またはクリニックで働いています。そんな助産師を、昔の産婆さんのようにコミュニティのなかに戻すことができれば、継続的なケア、サポートができるようになると考えました。現代社会で働く女性が増え、そんな女性が一番長く過ごすのは、やはり企業の中。そこで、企業の中に私たちのような助産師の組織があればと思い、『顧問助産師』のサービスを立ち上げました。

ーーサービスを通じて、どのような社会課題を解決しようとされていますか?

岸畑:顧問助産師のサービスは、企業、従業員、助産師という3つのステークホルダーがあり、3者の課題を解決するものです。企業にとっては『くるみん』や『ホワイト500』などの認定取得につながり、採用面でメリットをもたらします。従業員の方々は、出産や育児をはじめとした健康上の問題を助産師に相談しながら、仕事との両立をはかることができます。また助産師は、病院勤務では難しい継続的なケア・サポートができるのはもちろん、出産・育児で一度現場を離れても、オンラインを通じて再び活躍の機会を得ることができます。この3つの課題をビジネスとして解決し、回していくことができれば、社会が少しずつ良くなっていくのではないかと思っています。

――TRIBUSに応募されたきっかけ、理由を教えて下さい。

岸畑:もともと私たちは、企業に助産師がいるのが当たり前という世界観を持って活動していました。なので、2020年度のTRIBUSテーマ「次の当たり前になる」を見た瞬間、これだ!と思いました。「次の当たり前を作る」という未来に向けた思いを、リコーと共有して取り組めるのが嬉しかったです。 当時はちょうど、数社ほど契約が決まり始めて、ようやくサービスの需要を実感し始めたころでした。リコーグループに対して協業や素晴らしい事業アイデアを持ちかけられるほどの段階ではなかったので、採択されるかどうか不安はあったのですが、稲井さんをはじめとしたカタリストの方々や事務局の方々が快く受け入れてくださって。あのとき応募して本当によかったなと思います。

With Midwifeチームのミートアップ。写真手前左:岸畑氏 手前右:稲井
 

――稲井さんがカタリストとして併走しようと決めた理由は何だったのでしょうか。

稲井:私は、書類選考のあとの面接で初めてWith Midwifeを知り、「助産師のスタートアップ?」と、とても驚きました。お話を詳しく伺ううちに、三方良しなサービスの仕組みとその社会的意義に強く共感して、カタリストとしてサポートしたいと思いましたね。With Midwifeのサービスが拡大普及すれば、社員一人ひとりが健康に働き続けるための土台を作ることができる。もっと言えば、社会の構造が変わるのではないかと思います。 あとは、純粋に岸畑さんを応援したい、と思ったことも大きいです。岸畑さんはコミュニケーションのプロでもあり、人に届く言葉を発する人。人を惹きつける魅力があります。Investors Dayという最終報告会のプレゼンでは思わず涙が出ました。コロナ禍のために直接お会いしたのは初期の一度だけだったのですが、その時に『短い期間ですが、チームの一員だと思っています』とグッと手を握ってくれて、カタリスト一同、心を掴まれてしまいました(笑)

岸畑:それまでは助産師だけで集まっていたので、いろいろな職種の方々とチームを作れたのは、私も本当に嬉しかったんですよ(笑)

見えてきたニーズ。“応援したい”人のサポートも

――採択後のプログラム期間中に、リコーグループ社員へのヒアリング、実証実験を実施されたそうですね。

岸畑:ヒアリングでは、「顧問助産師のサービスを利用したいか、したくないか」などの基本的な項目をはじめ、サービスのどんなところが訴求ポイントになりそうかなど、幅広く意見を集めることができました。その上で、リコーグループ社員の317名の方々に、相談サービスを実際に使っていただく実証実験を行いました。結果的には、アンケートでは利用したくないと回答していた方も利用してくださっていたり、どちらでもないという方も約3割が利用されていたりと利用動態が明らかになり、今後どの層を狙ってプロモーションしていけば良いかなども考えられるようになりました。また何よりもびっくりしたのは、サービスを利用していない人でも『導入してほしい』という回答が8割もあったことです。出産・子育ての問題については、当事者だけではなく、周囲も真剣に考えていることが分かりました。

相談内容としては、身体の健康面はもちろんのこと、コロナ禍の影響もあってかメンタル不調や、子育てに関するお悩みなど、幅広いご相談をいただきました。男性の利用者も3割程度いらっしゃって、やはりジェンダーで区切るサービスではないことも再確認できました。実証実験で得られたデータは、今後の商談の際、実績例として使わせていただこうと思っています。顧客様のデータを実績として使うのは難しいので、今回このようにリコーにご協力いただけたことは本当にありがたかったです。

稲井:サービスを利用していない人が導入を勧めるのは、自身の経験を思い出してのことでしょうね。私も子育て期間中、夜中に子どもを授乳しながらスマホでいろいろ調べていたことを思い出し、24時間365日、プロの方が子育ての相談に乗ってくれるのは本当にありがたいサービスだと思いました。リコーグループは従業員のWell-beingや健康経営にも力を入れていますし、産業医や保健師による健康管理体制も充実しているのですが、外部サービスには社内のスタッフには訊きづらいことも訊きやすいといった側面があり、それぞれの良さがあるからその両方が備わっていることがベストなかたちなのだろうな、と感じます。

――プログラム期間中、実証実験やヒアリングに関して、カタリストとしてどのようなサポートをされたのでしょうか。

稲井:今回、私も含めカタリストは5名いました。リコージャパンの営業マネージャー、SE、海外駐在経験のあるベテラン、商品企画、そして私は人事と、さまざまなジャンルから集まっています。商品企画のメンバーはスケジューリングが得意で、全体の進行管理をして最後に追い込みをしてくれたり、SEのメンバーは、システム周りのコンサルテーションをしたり、ベテランのメンバーは、全体の取りまとめをしたりと、それぞれの特性を活かして活動しました。 私は、最初の段階で、With Midwifeも私たちカタリストもサービスの魅力を言語化しきれていないとも感じたので、ヒアリングも交えつつ、人事の立場からそのアドバイスをさせていただきました。実証実験の後は、最終的な決定権のある経営者にどう伝えるのか、どこが訴求ポイントになるのか、といったこともメンバー全員でディスカッションさせていただきましたね。

カタリストとオンライン忘年会を行っている様子。画面中央上:岸畑氏 中央:稲井
 

6年で1万社、顧問助産師を当たり前にする

――3月には、顧問助産師のサービス名を「The Care(ザ・ケア)」に変更されています。今後の課題や展望についてお教えください。

岸畑:今後の展望としては、6年で1万社にサービスを広げていきたいと考えています。また、それに伴い、対象となるコミュニティも増やしていきたいです。今は企業の中が活動のメインですが、助産師を必要とするコミュニティは、もしかしたら住んでいるマンションの中かもしれないし、趣味でつながっている集まりの中かもしれません。法人以外の切り口を見つけていきたいと考えており、同時に、属しているコミュニティが変わっても、その人のデータが保持され、継続して担当する助産師から最高のケアが受けられる体制を作りたいと考えています。 また、こうしたサービスの導入に自治体が補助金を出して支援するような動きも出てきています。今後は研究機関と連携して、導入価値についてのエビデンスを出し、産業医や産業保健師のように、顧問助産師を制度化するような働きかけができたらと考えています。顧問助産師の質を担保するためのライセンス制度や、ツールの提供についても考えていきたいですね。

稲井:1万社に広まったら、本当に社会が変わると思うんです。一社会人として、このサービスが広まることを願っています。

――最後に、TRIBUSに参加を考える企業の皆さんへメッセージをお願いします。

岸畑:企業主催のアクセラレータープログラムに応募するなら、何かしらメリットを提供しなければいけないと考える企業の方は多いと思います。でもTRIBUSなら、そのような心配は必要ありません。実際、私たちはTRIBUSに参加して、最後までリコーグループにとって大きなメリットとなるようなことは提案しきれなかったかもしれません。しかし、リコーグループで働いている方々やカタリストの皆さんと、ビジョンが一緒だったので、すごく有意義な半年を過ごすことができました。もちろん、リコーグループとシナジーを生みだすビジネスを提案できれば最高ですが、それよりも一緒に実現したい未来があると思ったら、ぜひエントリーしてみてください。

また、今回はカタリストの皆さんと素敵なチームを作れたことが成果につながったので、もし採択されたら、チームビルディングを大事にしてほしいと思います。今回は、エントリーする時点で、本当にこのサービスに価値があるのか悩んだときもありましたが、実証実験を終えて、サービスの社会的価値を確信し、やはり広めていかなければならないと再認識することができました。以前、別のビジネスコンテストに参加したときは、ステージが変わって点が線になった感覚がありましたが、今回のTRIBUSでは、線がさらに太く濃くなって、分岐点がたくさん生じた感じがあります。

稲井:カタリストは、本当にさまざまな職種のメンバーがいて、多様なサポートが可能です。ひとつのチームとなって、自分の強みを活かし、チームのために自主的に活動するメンバーばかりです。リコーグループは、地味な会社だと思われることも多いですが、実は熱い人がたくさん揃っています。チームの組み方、サポートの仕方もいろいろなパターンがありますので、リコーグループと自由にコラボレーションいただいて、お互いに有意義な時間にしていけたらと思います。

TEXT BY Toshiyuki TSUCHIYA 



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