【Partner’s Interveiw】日本の、世界のビジネスのあり方を左右するかもしれないTRIBUS


アウトプットとして現れた新たな事業や取り組みがメディアで報道され、評価される一方で、このプログラム『TRIBUS』自体は「アクセラレータープログラム」といった認識にとどまっていることが多い。しかし、リコーグループ社員の多くと、参加するスタートアップチームもが薄々感じていることだと思うが、TRIBUSはリコーグループだけのものではなく、社会的なインパクトも大きく秘めている(はずだ)。社会的な意義はどのあたりにあるのか、国際的にはどのようなポジションにあるものなのか、そして日本にとってどのような意義があるものなのか。
そんなTRIBUSの現在地をとらえてもらうべく、プログラム発足時から伴走してくれているアクセラレーター運営のプロである「ゼロワンブースター」の皆さんに、客観的な見識を含めてお話を伺った。


株式会社ゼロワンブースター
合田ジョージ様
木本恭介様
坂田聡司朗様



「予想以上にフレキシブルだった」リコー


――本プログラムにおけるゼロワンブースターの立ち位置、役割はどのようなものでしょうか。

合田「通常、こういう社内起業プログラムや、スタートアップ支援のアクセラレーションでは、専門であるこちらが中心となってご一緒することが多いのですが、今回は、かなりの部分でリコーがリーダーシップをとられてます。運営事務局の皆さんが実に活発に活動されていて、そのお手伝いをしているというポジションです。例えばゼロワンブースターでは手の届きにくい社内へのアプローチ。一方でゼロワンブースターは社外スタートアップの集客といったことですね」

坂田「アクセラレーター は1年以上の長いプロジェクトなので、企画や審査、プログラム期間などのフェーズごとに弊社が担う役割は様々ですが、特に1年目としては、まずアクセラレーターという体を成す為のアジェンダを並べて、プログラムを動かしていくと言うのも一つの役割だったかと思います。例えば去年は企画フェーズでワークショップを行って、このプログラムの目的を掘り下げると言った事から始めましたね」

木本「1年目は、こちらからの企画提案で動いていた部分はありますが、今年は昨年の経験を活かして、リコー側で積極的にプログラムを考え、実行しているという印象です。 今年は基本的には、昨年坂田が作った道をしっかりと踏まえていくことがひとつ。また、『TRIBUS』になって運営事務局のほうからさまざまなご発案をいただいて、新しい道を模索しているという状況です。特に今年は新型コロナウイルス感染症があって、オンラインでさまざまな工夫をするようになりました。例えばリバースピッチ*もそのひとつです。そうしたことがすごく“効いたな”という感じがしています」

*リバースピッチ:「ピッチ」は通常事業アイディアを持っているベンチャー/スタートアップ企業が、資本などのリソースを獲得するために投資家や企業に向けて行う短いプレゼンテーション。リバースピッチはその反対で、企業が抱えている課題を起業家に投げかけることによって、解決方法を起業家から募るためのプレゼンテーションのこと。

――最初にこのプログラムの話を聞いた時に、どう思われたのでしょうか。

合田「実は、リコーからお話をいただく前、イノベーションという分野において製造業や精密系はハードルが高いという印象があったんです。通説としても、歴史ある大きな組織というものは長年培ってきた方針や制度があるじゃないですか。もしイノベーションの『正しいやり方』というのがあったとしても、『うちの会社ではこれはできない』『ここまではOKだがこの先はだめ』『上司がこういうからできない』というような判断になり、結果形が歪んでイノベーションから遠くなる。『仰ってることは分かりますができません』とね。

長年安定したビジネスモデルで構築されてきた業界ですし、そんな噂もあったから無茶苦茶固い会社なんだろうなと思ってたんですが、最初にお話ししたときに、『あれっ?』って(笑)。こちらのいうことにはちゃんと耳を傾けてくれるし、固いところがまったくなかったのは驚きでした。
運営の皆さんがすごくフレキシブルなんですよね。こちらが『大丈夫?』と思うくらい。『正しいやり方』に近づけるように頑張っている。100%が無理なら、5%でも10%でも近づけようとする。一歩一歩着実に事業を起こす方向へ変更してくところは実に特徴的ですね。運営側の人たちに、よくある妙な出世願望がないみたいなんです。もっといえば、ホロウィッツが言う『正しい野心』を持った人たちだと思います。

この業界でここまでオープンにやってしまうのは本当に珍しいことだと思います。リバースピッチだって、今考えている事業や戦略を外に向けて話すということじゃないですか。一般的に、説明会に同業他社が来たら嫌だと思うんですが、そういうことがないんです。 これはイノベーションの流れで考えると正しいことなんです。グローバルでもそうするのが当たり前。今までのように自前主義で社内だけで隠していたらイノベーションなんて起きるわけがない。生煮えでもどんどん外へ出して共創するという、グローバルの流れに即していると言えるのではないでしょうか」

坂田「私は2年半くらい前から関わっていますが、最初に伺う前は、メーカーだし、知財の取り扱いとか大変なんだろうなーと予測していたんです。でもお話ししてみたら、何をやりたいのか、という目的から入っていって、ルールや制度に対しても既存の考えを乗り越えようとされているんです。また、社内起業と外部スタートアップの連携というのも今まで例のないことで、工数も多い大変な仕事になるかなと思ったんですが、いざ蓋を開けてみると、理解は早いしトラブルもないし、本質的なところで動けているという印象があります。長期的に継続すると宣言している点も大きいですよね。 これはやっぱり山下社長のコミットメントも大きいのだろうと思いますし、社内の空気もすごく良くなってきている。カルチャーとして根付いてきているように思います」


「統合型」の意義と可能性


――このプログラムで特徴的と思われるのはどのような点でしょうか。

合田「カタリスト*の募集に集まった面々が特徴的だと思いました。
カタリストって実は大体若い人……30、40代が中心で、たまに50代が1人くらい交じるというのが他社の事例では一般的。ところがリコーが社内で募集したら、年齢の幅が実に広いんです。ベテランの方も多く集まって、すごくパワーを出してくれた。 この『社内の文化』つまり『環境』が大事、という発想は他の企業ではなかなか理解されないことが多いですね。多くの場合、ジョブズみたいな、ヒーローみたいな起業家や社内起業家が出てくることに期待してしまうのだけど、本当は、それを盛り上げ支える環境、つまり土壌が大事ということに気づかない。そしてまた、それを社内で実装しようとするところにリコーグループのチャレンジングな姿勢が表れていると感じます。これが日本の標準になればすごいことになりますね」

*カタリスト:スタートアップ企業とリコーグループ内部をつなぐ触媒となり事業共創を推進する人
https://accelerator.ricoh/2019/12/24/catalyst/

木本「社外のスタートアップ、ベンチャーにプログラムの募集期間で説明に行く際に、リコーもついてきてくれる。しかも、別にアクセラレータープログラムに応募しなくてもいい、という立ち位置なんですよ。応募してほしいという話になるのが普通なんですが、協業という形でもいいという。リコーのような企業が話をしたうえで、(アクセラレーター)プログラムに応募してもいいし、協業でもいい、と言われると驚くスタートアップもいますね」

――日本では例のない社外スタートアップと社内起業チームの「統合型」についてはどのように思われますか。

木本「単純に工数が多いのは大変(笑)。20チームも登壇するピッチコンテストはそうそうないです。人を集めて、会場を押さえてというところだけでも通常のプログラムに比べると手がかかるのは確かです。
ただ、面白いですよね。最大限に振り切ってる感がある。今、ここまでやれる企業はないのではないでしょうか。
どう連携をとっていくか、という点については、多分、答えがなく、これから模索していくところだと思います。社内起業側とのレベルの違いもあるし、去年と今年ではやり方が違うところもありますから、個人的にはひとつの方法じゃなくて良いと思っていて、これからどうやって融合させていくのか、楽しみなところでもあります」

合田「個人的な話で恐縮ですけど、僕自体が大企業から離れてベンチャーに行った人間なので、実は社内起業に対しては一層難しい印象を持っていました。スタートアップとして事業を起こすというのは、生きるか死ぬかの戦い。一方で社内起業はそこまでの瀬戸際には立たされないので、アウトプットをするにも相当なモチベーションがないとできないと思っていたんです。しかし、昨年の社内起業から出たものがとても良くて(笑)。審査員の間ではもちろん、社外でも評価が高く、いい意味で裏切られましたね。

また、カタリスト、サポーターという形で、社内のリソースをご提供いただけたのは、スタートアップにとっては非常にご満足いただけたようです。通常、大企業の方はベンチャー、スタートアップに対して『頭が高い』ことが多いんですよ。しかし、私が知る限り、それがまったくなかったようです。
一期目はうまく並走はできたという印象ですが、社内起業と社外スタートアップでレベル、フェイズの違いがあって、そこをどう統合していくかが今後の課題ですね。
実は、この社内起業とスタートアップの連携というのは、グローバル・スタンダードを目指しているということだと思っています。日本では企業=家という文化があって、外部と提携するエコシステムでイノベーションを興すという発想が持てないですが、グローバルでは一社単独ということはまずなく、常に外部を巻き込んだエコシステムを構築している。シリコンバレーは街全体でイノベーションを起こして、その結果として個々の企業も成長しようというものじゃないですか。ヨーロッパでも、大企業が積極的にスタートアップとリソースを共有しながら、新価値創造を行っています。リコーがやろうとしているのも、そんなグローバル・スタンダードのエコシステム創りなんだろうと思います。日本企業でこうした取り組みを進めているのは、私の知る限りでも、かなり珍しいのでは、と思います」


「社内起業」をブーストする


――今年の新たな取り組みや、昨年とは違うところがあったら教えて下さい。

木本「リバースピッチは新たな試みでした。その他、社内外のコラボレーションをどうしていくか、現在運営事務局の方と相談しているところです。
昨年と大きく変わったと思うのは、まず応募数がものすごく増えたこと。また、数だけでなく質も高いこと。非常に面白いスタートアップにご応募頂いて、選考に困るくらい。今年はHR系の応募が多かったのも面白い傾向だと思っています。
また、カタリストの方も昨年の倍以上の応募がありました。非常に嬉しいことで、昨年、カタリストの方をフィーチャリングできなかったという反省があるので、今年はできるだけ前に出していきたいと考えています。 カタリストの存在は、スタートアップにとって有益なだけでなく、外との接点を持った人間がリコーグループ社内に増えるという点でも影響が大きく、カタリストの方もこれまで以上に社内を理解できるようになります。社内文化の醸成にも役立つと思います」

合田「カタリストは、今年は参加者層が多岐に広がっていますね。昨年はベテラン層の男性が中心でしたが、今年は女性が増え、若い方も増えているようです。
また、今年は、カタリスト同士の横のつながりを広げることを考えています。昨年は月に1、2回会って情報共有するくらいでしたが、ディスカッションしたうえで連携を図れるような仕組みを考えたい。カタリストというのは、ポジション的には仲を取り持って事を企てる企業家であり、カタリストを務めることで能力開発にもなるし、社内に外部と連携していこうという企業家精神が根付いていくことにも繋がります。そこを目指して仕掛けていくつもりです」

坂田「昨年採択されたスタートアップの方々には、説明会に来ていただいて、良いことも悪いことも含めてお話しいただくということもしていました。昨年の応募者は情報の少ない状態で応募していただいたチャレンジャーでしたが、今年は応募する側にとっては不安な点が解消できるようになっていたと思います」

合田「もうひとつ昨年と大きく違う点に、社内起業の皆さんの遇し方があります。昨年はエフェクチュエーション(起業家の思考をモデル化したもので、自己を起点に考える、損失を最小限に抑える等の特徴がある)で進めましたが、今年はインプットを増やし、リーンスタートアップなども交え、かなり手を掛けている形です。
というのも、昨年のやり方は放牧というか野放し(笑)で、動く人は動いてものすごい行動量になった反面、あまり動けない人もいました。自由に動いていただけるのは良かったのですが、これでは普段触れることの少ない数字の出し方であったりスケールの仕方、事業性の視点が不足していたのです。
個人事業主ならそれでもいいのかもしれませんが、大企業の社内起業としてそれでいいのか。大企業には欠点もありますが、最大の利点はリソースがあること。それを活用して、大きな事業を作るという視点があったほうが良いはずです。 自由にはやってほしい、しかしそれでは大きい世界が目指せない。そもそも社内起業は、サッカーしかやったことのない人にいきなり野球でバッターボックスに立たせるようなものでもあるので、痛し痒しではあるんですが、今年の採択チームにはかなりのインプットをしています。ただ、インプットだけにしてしまうと枠に収まってしまい、小さくまとまってしまうのも事実です。なので、とにかく煽りに煽りまくり、動いてもらうようにしています」


日本の、世界の変革をも握る、TRIBUSの可能性


――社外スタートアップと社内起業の統合型という新たな取り組みであり、対外的にもエコシステムを作るべく他社連携を進めているわけですが、これは世界的に見てどのように評価できるでしょうか。

合田「このプログラムは、今後日本という国がどういう生き方をすればいいのかという点で、非常に参考になるものだと思っています。 そのポイントは『社内起業』です。 実は、グローバルで見ると社内起業というのはあまり盛んではありません。なぜなら外で、ベンチャーを使ってやったほうが速いから。欧米の人に聞いても、だいたい社内起業がうまくいったという例はあまり聞いたことがないんです。これは、実は文化の違いも関わっています。

例えば、『デジタルトランスフォーメーション』とよく言われますが、世界的には『トランスフォーメーション』という言葉は、日本ほどに企業については使われていません。欧米では変えていくというよりも、むしろ『building』『development』の新しく創る概念のほうが強く、また、この企業は自動車、この企業は電気、というように明確に分かれ、財閥が少なく、今ある企業がそのまま新しいことをやるように変化するというよりは、新しい会社を立てて行うというニュアンスが強い。日本企業のように、大企業がトランスフォーム、トランジションしていくという発想があまりない。 もしかすると、ここに日本が世界でのポジションを確立する余地があるのかもしれないと思うわけです。これはアジアに共通する家族経営的な企業体質によるものですが、日本企業は、割と何でも自社から派生でやってしまうところがあるんですね。豊田自動織機が車を作るようになるようなケースが日本ではごまんとある。業界を明確に定義しないあいまいさの部分が神道的といってもいいかもしれません。

リコーのこのプログラムは、企業が自社にとどまらず、エコシステムを構築しながら連続的でありながら、非連続に変化していくトランジションを、社内起業と社外スタートアップのミックスアップを起点に実現しようとするものだと思います。これが実現したときに、日本には新しいイノベーションの形が生まれるのではないか。 世界的には、欧米のディベロップ型か、アジアのトランジション型か、せめぎ合いが起きつつありますし、日本も明治維新から150年、終戦から80年近く経ち、既存のシステムに限界が来て、大きな変革期に来ていると思います。リコーのこのプログラムは、10年前にやろうとしてもうまくいかなかったかもしれません。今まさに『時が来た』ということなのでしょう。これが成功させられるのであれば、それこそ日本を変えることになるのではないかな、と期待しています」

TEXT BY Toshiyuki TSUCHIYA




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