VRは仮想ではなく、これからの世界をもつくる

リコーバーチャルワークプレイスチームはVRの魅力に惹かれて自然発生したチームであるようだ。この技術を使ってこんなビジネスを起こしたい。このシステムを活用すれば社会課題を解決できる。そういう発想とはちょっと違う。VRは単なる技術ではない。次の世界の新しいインターフェイスであり、生き方のOSになる。その確信のもとに、VRで、「さあ何をやろうか」と取り組んでいる。その軸があるから枝葉末節が変わっても揺るがない。そして、まったく新しい手垢のついていない世界だから、キラキラとしていて美しく楽しい。2020年11月、コロナ禍のさなかにあっても東急建設とのVR実証実験をスタートさせるなど、事業的な可能性も大きく開けている。リコーバーチャルワークプレイスチームはどこへ行こうとするのか。



千壽朋子
リコーITソリューションズ。VRに傾倒し全天球カメラを用いた3D復元プロジェクトを経てリコーバーチャルワークプレイスチームに。開発とともに、VR内でのクライアントへの案内なども担当する。
藤田京子
技術探索や市場開拓に取り組んでいる中でVR、前鼻に出会い、リコーバーチャルワークプレイスチームに合流する。
堀田波星夫
リコーITソリューションズ鳥取事業所所属。テックリードで、サーバからクライアントまで開発を担当する。全天球カメラを用いた3D復元プロジェクトから本格的にVRに参画。
前鼻毅
リコーバーチャルワークプレイスチームの首謀者。リーダーとして、開発から営業、調整、企画等全般的に携わる。



VRの流れが集まってチームに


前鼻「東急建設さんとの協業がリリースされ、実証実験に向けて動いています。東急建設さんは、以前からVRに取り組んでいたため、動きが早いです。問題も見えましたし、とりあえず進めようということになりまして、建設向けの機能をどんどん追加しているところです。

そのほかでも、建設業界で複数社からお問い合わせをいただいておりますが、詳しくお話しすることができません。建設業だけでなく、トレーニング分野、医療関係、エンタメ関連、製造業などでもニーズがあるというお話が上がってきています」

――そもそも、このチームはどのように発足したものですか。

千壽「リコーITソリューションズ(RITS)にあった、全天球カメラを用いた3D復元プロジェクトの流れと、独自にあったVR開発の流れが一緒になってできたものです。
私の場合、2017年から社内の自主活動でVR開発に取り組むようになって、体験会を企画したり、ライトニングセッションで発表したりしているうちに、上司からVR好きと認識されて、全天球カメラを用いた3D復元プロジェクトの開発に加わるようになりました」

堀田「僕はRICOH THETAのウェブやアプリの開発に携わっていて、まさにサーバからクライアントまで全部見ているうちに、3D復元テーマの開発にリーダーを務めるようになって、そこからVRをやるようになってます」

前鼻「僕は札幌事業所でずっとゴリゴリの(笑)基幹系システムをやっていたのですが、2009年のRITS発足時に基幹系システムを離れ、アプリ開発などに関わるようになりました。そして、RICOH THETAの発売直後だったので2013年12月だったと思いますが、OculusのDK 1というHMD(ヘッドマウントディスプレイ)に出会い、『こりゃやばいぞ、未来だな』とのめり込んでしまいました。それで個人で勉強して、社外でコミュニティを立ち上げたり、VRのイベントなどをやったりしているうちに、会社でもVRの仕事をするようになりました。
社外に出たもので、最初のものは2017年2月の印刷ビジネスの展示会『page 2017』。リコーの巨大な産業印刷機をVRで見学できるシステムを開発し展示しました。それから、御殿場の環境事業開発センターの見学ツアーのVRなども手掛けて、だんだん社内外のVR関連の依頼を受けるようになっていきました。ブリヂストン様の工場見学用VRコンテンツ、渋谷区の交通安全危険体感シミュレーターや、社内では、カスタマーエンジニアの職業紹介用コンテンツの作成、次世代MFPのARマニュアルの検討などをやっています。

それで2018年に、VR関連の開発チームの中で、当時は僕もまだ北海道にいたし、全国にメンバーが散らばっていたので、VRで会議できるシステムを作ろうという話になりまして、もともと社内に『ひみつきち』というVRコミュニケーションの試作があったのですが、それを新たに作り直そうと、2019年4月に活動を開始したところから、現在に繋がっています」



藤田「ちょうど、TRIBUSの募集が始まったころだったんですが、審査が厳しいという噂があったので、最初は応募するつもりはなかったんですよね。ただ、稼げる仕事をあまりできていなかったために、VRのチームが解散させられそうになっていたものですから、じゃあ応募してみようかとなったんです」

前鼻「まあ、応募したときには最後まで審査通るとは思っていなかったですね。開発者が企画などに慣れた人に比べて、ビジネス提案するのは厳しいと思ってましたから」

千壽「私は結構ギリギリというか、仕事としてVR開発を続けられるかどうか危ないところだったんですよ。RITSは10月で期が変わるから、一旦VRから別のプロジェクトにアサインされていて、審査が通って1カ月後にようやくVRチームに戻してもらいました」


VRの魅力とは


――皆さん自然とVRに引き寄せられてチームとなった印象ですが、VRの魅力とは何なのでしょうか。

前鼻「世界を自分の好きなようにできること。妄想しているものが、なんでもできることです。だから最初はエンタメ向けのコンテンツが多く出て、それからエンタープライズ系にもじわじわと広がっていった。その流れがコロナ禍で一気に加速したのが現状だと思います」

堀田「VRって、次に来るディスプレイインターフェイスなんですよ。一次元が文字で、二次元がモニターディスプレイ。今、三次元がようやく普及しはじめて、それを表現するのがVRというインターフェイスなんです。体験でしか味わえない世界ですが、すごいの一言です。
あと、開発目線で言うと、達成感がちょっと他の開発と違う感じがします。機能を実装して、VRの中で実現すると、クライアントさんがすごく喜んでくれるんですけど、そのやりとげた感がすごく強い気がします」

前鼻「開発したものが、自分が存在している空間と地続きになっている感覚は、他の開発と大きく異なると思う。毎週水曜日に定例をVRの中で、自分たちが作ったもので実施しているんですが、そこで使っている世界自体を自分たちの手で進化させるという感覚です。マインクラフト(※)の中で、マインクラフト自体の機能を拡張している気分というか、そんな感じですよね」

※「マインクラフト」は Mojang Synergies AB の商標です。

千壽「その感覚はありますね。VR内で建物のミニチュアの断面を見せる機能を実装したんですが、VRでモデリングした建物の中に入って打ち合わせをしているときに、その建物のミニチュアを出して断面を見るという、ちょっと不思議な体験ができたのは嬉しいことでした。
VRの魅力は、やはり没入感ですよね。定例をVRでやっていて、VRではおなじみの方に、先日ようやく初めてリアルでお会いしたときも、別段違和感がまったくなくて驚きました。それくらいVRの中では一緒に何かをしている感じに違和感がないんです」



藤田「なんでもできる別世界ですよね。空も飛べる、地面にも潜れる。 VR空間に3Dモデルも出せますし、それ を開発できるメンバーが揃っていて、ものすごい可能性を感じています。、将来必ずVRの世界が来る ことはチームメンバーで確信しています」

前鼻「『VR』のVirtualという言葉は『仮想』という意味だと思われてますが、本当は『実質』という意味なんです。『それが現実である』という意味での『実質』。その意味でいえば、すでにテレビ会議もVRですし、いずれは、VRが当たり前になってVRとは呼ばれなくなるかもしれません。今、VR市場はヘッドマウントディスプレイ(HMD)の売れ行きなどでしか測っていませんが、将来的にはもっと多角的なものとして市場が形成されると思いますね」


TRIBUSは“粗い”からいい


――TRIBUSは、ソフトウェア開発、ビジネス創発の環境としてどうでしょうか。

前鼻「他のものと比べると“粗くてもいい”イメージがあります。例えば従来のソフトウェアの開発が、ドキュメントやテストに比重を置いていたりするのに比べると、もっと粗い状態で試したり、いいものを探そうとしたりすることが多い。バギーでダートを走っているようなものですが、きれいに整えながら走るよりも、前に進める。これが正しいやり方だと思います。それができるメンバーが集まっているからできることでもあると思います」

藤田「自由にやらせてもらっているところが大きくないですか。リコーの従来の枠組みの中だったら、これでいくら稼げるんだとか、早く結果を出せとか、厳しい環境になったと思います。しかし、TRIBUS、そして今は社長直下のプロジェクトチームに据えて長い目で見てもらって、すごくやりやすくなったと思います。もちろん期待に応えるためにも早く結果はださなければいけないと思っています」



――苦労は何かありましたか。

千壽「私は遅れてチームに加わったので、最初のうちは苦労しましたが、それ以外で苦労したとかそういうことはないですね。大変なことはあっても、それを苦に思うことはありません」

藤田「私はチームで唯一の開発じゃないメンバーでして、もともとRITSにあって世に出ていないもったいない技術を掘り起こして市場に届けるというミッションに取り組んでいるうちにVRの開発技術を持っているメンバーと出会いました。NDAなどの契約関係や売上管理、機材調達などを担当していますが、もうひとつ大変な仕事がお客様へのデモなんです。お客様の会社にVR機材がないことがほとんどですからキャリーバッグに機材を詰め込んでゴロゴロと……。階段を運び上がるのも、満員電車も大変です。
でも、お客様に見ていただきたいという思いが強いので、私も大変だけどそれを厭う気持はありません。このような活動がつづけられるのもTRIBUSならではだと思います」


大きく世界を変えるVR


――今後に向けて課題は何でしょうか。

前鼻「短期的には機材がハードル。つまりまだまだ普及していないことが問題です。価格もあるし、手間がかかる、HMDをかぶるのが面倒臭い、酔うから嫌だ、といった印象の問題もあります。今はまだ手間もコストも掛かりますが、機器は着実に進化していきますし、普及を見据えつつ現時点でもお客様にとってメリットが有るところで生かしていきます。現時点でコストとVRの質のバランスがもっとも高いのはHMDと考えています。視界と聴覚を再現し、触覚の一部を表現できる。既にかなり高い別世界感を味わうことができます。実際に役に立つ、という形で普及させていきたいですね」

堀田「ハードの問題は大きいですね。業務用PCなら再現できることも、普通のPCだと再現が難しい。かといってじゃあ2Dで見せれば良いというものでもありませんし。あとは、VR内の表現にもまだまだ課題がありますね。今悩ましいのは、VR内での文字入力をどうするか。VR内にキーボードを出せばいいのか? 音声入力もありますがまだまだですし。スマホはフリック入力のように、VR内での最適な文字入力方法があるはずなんですが、まだまだ模索中です」



――この先について展望はいかがでしょうか。

千壽「開発者としては、お客様が業務で必要とする機能、コンテンツをより使いやすく、UX(ユーザーエクスペリエンス )も含めて開発すること。これに尽きます」

藤田「私たちチームのコンセプトが『便利に働く』なので、今は建設業中心ですが、ゆくゆくはリコーグループ社員全員や、お客様がVRで働く環境を実現したいですね」

堀田「そうですね。まずは建設業界で問題をひとつひとつ潰して、なくてはならない存在になること。ハードの壁を超えて使っていただけるものに仕上げたい。そこから、『便利に働く』を実現する世界を目指していくのがいいですね」

前鼻「まずこれを自立した事業として成立させることを第一目標で進めたいですね。そのうえで、先にある当たり前にVRで働ける世界を築いていきたい。そして世界一を目指したい。まだそこまでの道筋は描けていないのですが、そこを意識してやり続けたい。今、外に打ち合わせに行くと『そんな人数でやっているんですか?』と驚かれますが、どんな偉大なビジネスも最初は1、2人から始まっているもの。道を作りながら進んでいきます。 また、スモールビジネスで収まっちゃいけないと思っています。TRIBUSはイノベーションを起こすことを目指すもので、スタートアップのように急成長する、市場規模を一気に拡大して世界を変える、そういったことを目指すべきものだと思います。かといって、僕らはスタートアップみたいな資金集めはできないので、まずスモールスタートで資金を集めて、ブーストするという2段ロケットみたいに進めたいなと考えています。VRはそういう可能性のある技術であり、世界だと思っています」



PHOTOGRAPHS BY Yuka IKENOYA (YUKAI)
TEXT BY Toshiyuki TSUCHIYA




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