大企業で、誰もがやりたいことをやれるように。 意思決定を完全に任された事務局が生んだ「楽しさとゆるさ」の追求

2020年2月20日の成果発表に向けて、社内外を巻き込み大きく動こうとしているリコーアクセラレータープログラム。これからのリコーグループ全体のあり方が変わるかもしれない、そんな予感に満ちたプログラムだが、運営しているメンバーのキーワードは、意外にも「楽しさ」であったりする。誰に言われるのでもなく、自分自身が楽しみたいから取り組みたい。それこそがモノづくり企業の根幹でもあったはず。プログラムの運営姿勢から見えてくるのは、未来のリコーの姿なのかもしれない。運営メンバーの4人に、プログラムに掛ける想い、これからのリコーの可能性について聞いた。

「停滞」の打破のために

――このリコーアクセラレータープログラムが始まった経緯について教えてください。

小笠原「このプログラムについて肩書があるわけではないのですが、僕が一応運営のリーダーという形になっていまして、最初に声が掛けられたのが2018年11月。役員に呼ばれて、こういうことをやりたいと言われたのですが、そのポイントは3つありました。

ひとつは、リコーという会社が新規事業の少ない会社だと世間的に思われているということ。それをなんとかするのが目的のひとつです。2つ目は、社員がやりたいことに挑戦する場がないということ。これは、2018年から行われていた役員と若手社員の対話『フィールドコミュニケーション』の中で浮かび上がってきた課題でした。若手社員5-10人に役員が1-2人という構成で、ひたすら対話するというもので、1000人規模で実施したところ、『ルールに縛られずに挑戦する場がほしい』という声が上がったというんですね。それでその場を作ろうということになった。そして3つ目が、継続していくために外部とつながろうということでした。これまでも、似たようなムーブメントがリコー社内でなかったわけではありません。しかし、それがなかなか続かなかったために、外部を意識していこうということになったんです。

この3つのポイントに答えるものが、社内と社外向けの二本柱で行われる、リコーアクセラレータープログラムだったわけです」

井内「これは、唐突に立ち上がったというわけではないんです。私は5年ほど前に、この小笠原くんと大越さんと一緒に、新横浜にファブスペースの『つくる〜む』を立ち上げるために奔走していた時期がありました。これは新しいものづくり、新規事業のボトムアップ活動を支援する目的で作られたもので、私たちはそれを認めてもらうために、社内外でゲリラ的に活動していたチームでした。

そんなところに、経営企画本部のメンバーが視察に来たのが2018年の前半のことです。それでつくる〜むのボトムアップ支援活動を見て、経営企画本部のメンバーといろいろ議論できるようになったのが、ひとつの転機になりました。

経営企画本部の話によると、社員の満足度調査で、社員の中で『新しいことができない』という停滞感が強くなっていたそうなんです。それをなんとかしたい、と話し始めたのが夏前のこと。そこで主要な役員に向けて、つくる〜むの活動をプレゼンテーションする場を設けてもらい、『社員から新事業のアイデアを募集する』というプロジェクトを立ち上げることを認めてもらうことに成功しました。

そこからは、経営企画本部と一緒に、どうやって全社で実施するか、単年度ではなく継続していくためにはどうすればいいか、大枠の検討を開始。骨格となる部分はいろいろありましたが、『上司に提案しても通らないから、本社に直接提案する形にする』『業務時間内で取り組める仕組みを作る』といった、コンテンツの企画というよりは、UX(ユーザーエクスペリエンス)的なことの検討が中心になったのはユニークで、重要なことだったと思います。それで、そういった環境を作るためにも経営企画本部だけじゃなく、人事にも入ってもらおうということになり、いよいよ具体的に動き始めていくことになりました」

小笠原「僕がアサインされたときには、全体のスキームや大きなベクトルは決まっていました。そこから募集をどうやるか、イベントをどう作るかといった大体の形を決めて、国内リコーグループ全体の取り組みですから、各社の社長や役員に個別で説明に行って、2月6日の創立記念日のイベントで正式に発表、という流れでした。

発表してからも、募集を締め切るまでは毎週のように海老名、大森、新横浜でイベントを開催して、進めてきた感じです。とはいえ、周囲からのサポート感がすごくありまして、強引に力技で進めたというのではなかったんですよね。大変ではありましたが、すごく助けてもらってローンチさせることができたと思います」

予想以上の社内活性化

――これまでも新規事業開発支援等はありましたが、さまざまな点でユニークなチャレンジになっています。このプロジェクトに期待している点、または、実際に取り組んでいる中で得られた発見などがありましたら教えてください。

内海「表立って大きくではないですが、社内が思ったよりも活性化しているなというのが、うれしい発見でした。保守的な人が多い会社だから、申し込みもそんなに多くはないんじゃないかと心配していたくらいですから」

小笠原「最初50件くらいくればいい方だと思っていたくらいですからね」

内海「そして、変わった人、面白い人が多いということも、予想外にうれしいことでした。まだうちの会社はイケてるんじゃん!と(笑)。やる気のある人がすごく集まった」

小笠原「それは本当にそう思います。最後の1週間で応募が一気に50件増えたんですよね。ゴールデンウィークの開けたその日の正午を締め切りに設定したのは、最後の駆け込みに期待してのことではあったんですが、まさか本当にバーっと集まるとは思わなかったんです」

井内「何人かの役員からは『応募してくるやつなんていないよ』って言われてたんだけどね」

内海「めっちゃ言われてましたね(笑)」

小笠原「中間管理職の立場だと、結果出さないといけないので、そういうネガティブな反応になるのも分からなくもないんですけどね」

大越「私的には、いわゆる『タレント社員』以外の社員からの応募が多かったのがすごくうれしいことでした。タレント社員というのは、役員に顔が売れているとか、何かやりそうだとか、そんな認識をされているような目立つ社員。どの部署でも一定数いるもので、そういう人がエントリーしてくるかなと思ったらそうでもなかった。

それは、もしかしたら、募集前のイベントや講演会で、身近な起業家に話してもらったりしたことも影響しているのかもしれません。こちらも、とんでもない雲の上のような人を呼ぶようなことはしないよう意識したということはありました。始めるときには周囲から『そういうことやりそうなタレント社員はみんな辞めちゃってるからいないよ』というような事も言われていたんですけど」

小笠原「そういうことを言ってしまう環境というか、信頼関係のなさに違和感をもっていたんですよ。今回も始める前にいろいろな部署を回って説明したんですが、『営業は総務としか基本コンタクトがないよ』とか『設計はコピーしかほとんど分からない』とか、そうやって線引してしまってるケースがある。そういうのがもどかしいんですよ。タレント社員いないよっていうのもそうですよね。だからこういうことをボトムアップではない形でやろうとすると、違う意図のプログラムが走っちゃって、全く違う結果になるのも当たり前なわけです」

井内「例えば上司に指名されるとか、命令されて応募しました、みたいな形だよね。だから今回は命令されて応募するような形にはしたくなかった」

大越「ボトムアップ型だったから、今までは目立たなかったけど、コアな面白い社員が“発掘”されて見えるようになってきたんですよね」

井内「そういう自発性に基づいた応募が、僕らがやりたかったことのひとつだったんです。だから、さまざまな部署、グループ会社を横断するようにして、メンバーを集めて応募してくるチームが多かったことも、うれしい驚きのひとつでした」

自発性を引き出し、やる気を育む

――自発性をうまく促すことができたということでしょうか。

井内「こちらも横断的なチームを作ってほしいという考えは持っていて、それを促進するために、イベントの中で、アイデアを持った人に発表してもらって、仲間を募ってもらったり、社内掲示板で相互の目的や情報を共有して見られるようにはしていました。

ただ、そこまで大きく動くとは思っていなかったのも事実です。にも関わらず、そのうち社内掲示板で、自分たちでイベントを企画する人も出てきて驚きました。意外と横断的につながって、部署に縛られることなく、人が集まっていったのはすごいですね」

小笠原「私たちは、これまでも社内コンテストや他社の新規事業アイデアにエントリーしてきたことがあるんですけど、落選の連絡だけで理由がなかったりしたんですよ。どうしてダメだったのか、まるで分からずにいつの間にか終わっている。だから今回のプロジェクトでは、そういうことはしないようにしようと話していました。」

井内「書類選考は、直接説明できない分、エントリーする側に不満が結構残るんですよ。面接であればレスポンスもその場で得られるから、まだ納得も行きやすい。でも書類選考ではそれもできないじゃないですか。今回も、選ばれなかったチームのメンバーから『書類だけでは伝わらないこともある、せひ一度直接説明させほしい』とメールが来たこともありました。

だから、私たちは書類選考で選ばれなかったチームにも、『落ちたと感じるかもしれないけど、今回はたまたまタイミングで選ばれなかっただけだ』と言葉を尽くして説明しました。また、『こうすればもっとよくなった』ということも、コメントやワークショップでしっかりと伝えました。このプロジェクトは、単純に合格不合格のコンテストではない。そういうことを感じてもらえたらと思っています。今回は選ばれなかったチームも、ぜひ継続して次回にまたエントリーしてほしいですね」

大越「社内からは結局110件の応募があったんですけど、『良かった点』『もっとこうしたほうが良かった点』の2点を、選ばれなかったチームを含めた全件に対してかなりのフィードバックをしましたよね。むちゃくちゃ大変でしたけど」

内海「あれはかなり喜んでもらえたという手応えがありました」

小笠原「実は今回、『コンテスト』とか『受かった』『落ちた』という言い方は極力しないように注意しています。このプロジェクトは1回限りでなく、来年もまたやるものです。選定されなかったチームも、希望者は12月までは社内副業としてこのプロジェクトに取り組めるように設定しています。次の募集が2月に始まりますから、1カ月のブランクでそのままスライドしていくことができるようになっています」

――新しいプロジェクトとして、進めていく上での課題やご苦労されていることはありますか。

小笠原「苦労はこれからもすごく続くんだろうなと思っています。運営メンバーは、基本的にゆるい感じなんですが(笑)、法令遵守やブランドイメージを守るとか、社会に対するガバナンスをしっかり行うといったことは、しっかり効かせていかなければいけません。

そこでこれから大切になってくるのが、ルールをちゃんと知っていて、知っているからこそ、どう外せばいいかを分かっている人を探すということです。新しいことをやろうとしているところですから、そもそもまっさらの状態で、そこでルールが先に立ってしまうと何もできない。逆に何も知らない人間が好きにやってしまうと、それはただの自分勝手。綱渡りというよりも、そもそも綱がないところを、足場を作りながら進めているようなものですから、会社側の理屈やルール、新しいことをやろうとする側の気持ち、両方を理解して話せる人が、これから必要です。でもこれが探すのがまた大変なんですけどね」

井内「運営のサポートで難しいと思うのは、チームの中にどれくらい入り込むかという点ですね。運営メンバー1人あたり、4~5チーム担当して、オンラインのコミュニケーションには入れてもらって、オフラインの集まりやイベントにもできるだけ関わるようにしています。それで、進行状況を観察して、間に合わないようなら急かしたり、チームが分裂しないか注意したり。新しいアイデアを形にするという作業を、全員が本気でやりだしたら、ケンカになることもありますし、いつも笑ってばかりもいられないでしょう。そういうときに、あまりお節介をしすぎない程度に、チームの中に入ってさりげなくサポートします」

「楽しさ」の先にある未来

――課題を乗り越えるために意識されていることはありますか。

小笠原「関わり方はチームによりけりなんですよね。運営のサポートを使い倒してやろうというチームは、向こうからガンガンくるので、メンタリングもするし相談にものります。一方で、あまり言ってこないチームもあって、そういうところは少しこちらから声をかけたりしています。

ひとつ注意しているのは、不満をそのままにしないようにしているということです。我々も何がいいかわからないので、不満を持っている人がいたら会いに行ってちゃんと言ってもらう。どうしたらよいかということを一緒に考えて一緒に作っていきたい。不満というのは、抱えたままにしておくと、どちらも不幸にしかならないと思うんです」

内海「井内さん、結構マメに応対してますよね。旅行中でもちゃんと答えてましたよね。飲み会にも参加していたでしょう?」

井内「飲み会には誘われました。でも、そのチームがテーマにして取り組んでいるキャンプには呼ばれてないんです。僕が雨男だからですかね(笑)。うまくやっているように見えるチームでも、あれがおかしい、これは変だという不満は結構出るんですよ。そういうことはちゃんとフォローしていきたいですね」

大越「私はチームによってコミュニケーションを変えるように工夫しています。例えば強力なリーダーシップのあるチームは、リーダーに連絡しておけば全員に伝わりますし、全員がパラレルなチームには全員に連絡するというように、チームの様子を見て対応の仕方を変えています。

あとは、こうした事務局の活動を『仕事の範疇内に収まっている』ように見える、ようにしています(笑)。私もこれまでオープンイノベーション的な活動をやってきた経験があるんですが、会社で問題視されるのは、やっぱり『会社の仕事』の領分を超えてしまった時なんですよね。だから会社の仕事じゃない事象になりそうなこと、どうやって『仕事』化するか、関わる人の境界の中に入れるか、ということは日々苦心しています」

小笠原「こういう工夫とかは、最初から設計していたことではないんですよ。大枠しか決まっていなくて、サポートしながら、成り行きでああしよう、こうしようと、みんなで、またはそれぞれが考えてこういう形になってきているということなんです」

――来年度も続いていくプロジェクトとして、これから運営していく上で、大切にしていること、重要だと思っているポイントは何でしょうか。

内海「私にとっては『楽しいこと』。これに尽きますね。チームが楽しければ、私も楽しい。運営も楽しい。みんなが楽しい」

井内「やりたいことを邪魔されずにできる、ということが、『楽しい』の源泉になっているように思います。それが根底にあるから、チームの皆さんが、やりたいようにやれるよう、もちろん力の及ばないことはあるかもしれませんが、できる限りのことはしたいと思うんです。お金が必要ならお金を回す。必要なリソースがあれば、活用する。みんなの『楽しい』を形にしていきたいですね。

小笠原「僕は性善説に立って、みんな同じベクトルで何かやろうとしているんだから、当然応援するべきだと考えています。これは会社のため、とかじゃないんですよね。もちろん会社のことは前提としてあるんですが、自分たちを犠牲にしてっていう感じじゃないんです。あくまでも僕らが楽しくて、チームの皆さんも楽しめるようにしたい。ということが一番です」

大越「私にとって一番楽しいのは、プライベートでやってきたことが、仕事でできることかな。自分のお金、時間を使って取り組んできた、オープンイノベーション、コ・クリエーションといったテーマを、仕事として取り組める。『えっ? 仕事でやっていいの?』という気持ちです」

――成果発表に向けて動いていきますが、今後の期待、これからチャレンジしようという人へのメッセージをお願いします。

内海「なんと言っても、今担当しているチームが残ってほしいということ。もう本当に親心みたいな気持ちです。ピッチのときは練習からずっと見ていて、本当に不思議な気持ち」

小笠原「みんな頑張って!っていうね、本当に親のような気持ちでしたよね」

内海「残ってほしいし、最後まで、諦めずにやってほしいとも思います。もし今回は選定されなかったとしても、さらに諦めずに続けてほしいですね。参加しているチームの皆さんがあまりに楽しそうなので、私も、来年は応募しちゃおうかな(笑)、そんな気持ちもあります」

大越「私もチームの皆さん全員が、最後まで走りきってほしいと思うし、そうできるように運営していきたいと思っています。もっと言えば、その先、社内の誰もが、まず動ける人になっていってほしい。今年だけの話ではなく、これからのプロジェクトを通して、そういう社員が増えていけばと願っています」

井内「プロジェクトが立ち上がる最初のときの『そんなことやってどうするの?』という空気感から、今のこの状態まで持ってこれたのはすごいことだと思います。しかし、今走っているチームの中から、事業化、サービス化につながるというのが一つの成果であり、目標です。それがなければ、来年、再来年につながらない。

最初に応募してくるのはやっぱり変わってる人ですよ。このプロジェクトがどんなもので、何が起こるのか。それを見てから応募しよう人がほとんどじゃないでしょうか。普通の人が応募してくる状態になるためには、1回で終わらせちゃダメなんですね。だから2回、3回と続けなきゃいけない」

小笠原「運営側のポイントとしては、いろんな人がいろんな角度から見て『よくやっている』と思えるようにまとめることかなと思っています。そして、このプロジェクトはエンディングがないものだと思っています。今年は1回だけでしたが、来年以降、半期に1回、クォータリーで開催というように回数も増えるかもしれませんし、もっといえば、この新しいことにチャレンジする状態が、常にあるようにしたいんです。

この会社には面白い人、いい人がいっぱいいる。にも関わらず、『これはこう』と決めつけてしまって、その面白いところが出てこないのがいかにも残念です。この人、めっちゃ面白いじゃん、ということがもっともっと増えていくといいなと思っています」

大越「これまでの会社は、綿密な計画を立てさせてから承認をし行動に移すということが多かったと思います。今は逆で、『計画はいいからどんどんやろう』というのが求められる時代です。そういうことが身について、実につながることを体験すれば、それが当たり前になってリーンスタートアップのようなものがもっと社内でも増えていくんじゃないでしょうか。このプロジェクトは新規事業アイデアの募集コンテストじゃなくて、会社のあり方そのもの、社員の働き方、生き方を変えていくものなんだと思っています」

PHOTOGRAPHS BY Masanori IKEDA (YUKAI)
TEXT BY Toshiyuki TSUCHIYA



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